2026/11/03 10:00


先日、20年近く前に独立した時の当面の生活費を稼ぐために

アルバイトをさせてもらった串焼屋を久しぶりに訪問した。
その店で働かせてもらった結果、それまでの飲食業に留まらないサービス業というものの
サービスの概念が根底から覆されてより一層学びとなったことはよく覚えているし、
何より母体て肉を扱う事業をしていたおかげで大好きな串焼を更に好きにさせてくれる
本物の肉の旨さを知ることが出来た思い出深い店だったことは間違いなく、
だいぶご無沙汰だったけれど、知人とともに開店時間ギリギリで待ち合わせて、
今でも変わらず人気店のため、混み合う時間帯を避けて口開けの早い時間を狙って行った。

相変わらずの待ち合わせ15分前行動の癖が抜けないままに現地に到着して、
その商店街自体が久しぶりだったこともあって、もんじゃ焼きの匂いの漏れ出す商店街を抜けて、
路地裏に入って懐かしい店を探してみたものの急速に変貌するその街の様相に
かえって少しの寂しさも感じながら少しも変わっていない裏道を探して歩き、
上手い具合に時間が調整出来た頃に現地に戻り、炭に火が入った匂いの漏れる店先で待った。

開店まで数分前の軒先で暖簾が半分上げられ、普段は外飲み用の椅子に座り休憩する店の男性。
あと数分だし、炭に火が入っているし、テーブルセットも出来ているようだし、
照明も含めて準備が整っていることはOBとしてもわかったし他にも待つ人がいるし、
開けても良いのかな、とか思った時にもう少しお待ちくださいと言って店内に戻り、
そのタイミングを見計らうように開店前の最終確認をしているその様子に、
そういえばこの店は開店時間ちょうどにホール担当のトップが開店の号令をかけて初めて、
店が開店して急速に回転しだしたことや、あの声を聞いてスイッチが入る高揚感のようなものを
思い出したちょうどその頃に店内に案内され、続々と他の客が入り、あっという間に、
カウンター席がほぼ埋まり、店がまさに急速回転して活気に満ちる時間になった。

ほぼ満席の店内でメインの炭の前にひとり、ホール担当がひとり、兼任がひとり、
という配置で続々と入る注文を滞ることなく対応していることに驚いた。
ただこなすだけでなく、馴染み客との会話も挟みながら双方がにこやかに時間が流れている。
確か4~5人で回していたはずだけど、そういえば店先に人手不足のため外飲み不可
そんな貼り紙があったことを思い出したから特に内部の事情も知っているからなおのこと、
その3人の仕事ぶりに目を見張ったし、人員不足を感じさせない店の流れが出来ていた。

カウンターに座ると丸見えの厨房内も忙しいはずなのに整然としていて、
普段から磨き上げていることが分かるステンレスの光具合も合わさって、
彼らが演じるステージのようにも映るその仕事も全て大満足のままに美味しい時間が過ぎた。
生憎、当時大変世話になった店の主かいなかったことが唯一の心残りだったけれど、
また来るための理由が出来たと思えるし、またすぐにでも来たいと思える時間だった。
店もその味も以前より更に良くなっていたこともあって、たくさんの酒と串焼で、
大満足大満腹の夕暮れを過ぎて、とても楽しくほろ酔いで千鳥足で橋を越えた日曜の夜だった。

楽しく美味しいあの時間以来、酒場のカタチについて考えを深めるようになっている。
ただただ酒を持ち寄ってどこかで飲むことも酒場だろうし、もしかしたらひとり酒を
酒と向き合って自室で飲むことも酒場かもしれないし、ビールを飲みながら歩くことも。
けれど、対価をいただいて酒や肴を提供する時間を作ることが酒場本来のカタチだと思う。
そのための準備はもちろんだし、清掃と衛生管理もそうだと思うし、
何より一番はそこにいる人が大切なことだと思うし、その人がいることが付加価値だし、
酒場そのものの深みが増すんじゃないかと思っていたことをその串焼屋で思いを強くした。

あんなに忙しいなかで人員不足にもかかわらず、滞ることなくスムーズで、
客側皆が笑顔て楽しんでいたあの様子に酒場の醍醐味のようなものも改めて感じた。
仕事がきれいで、もちろん美味しくて、双方の気遣い気配りがある適度な距離感のある酒場だった。

酒場のカタチには色々で、普段から預かっているこの酒場も日によってだいぶ違うし、
雰囲気も違うと思うけれど、自分がずっといるのだから自分にかかっていることは
重々承知しているし、大切な想いから生まれたこの酒場に対する自分の役目だと思う。
そんな酒場も時にはカタチを変えて、前回も大好評だったスナックと称して、
店の主が中心となって来客を迎える日は全く違う酒場になるのだと思うし、
普段からいらしているみなさまも違った酒場を楽しめるイベントになっていると思う。

少し前の週末にその2回目が開催されたその日の自分は山形に赴いて酒場を開いた。
その訪問する山形県最上郡金山町は県内秋田県寄りの北東部に位置していて、
町の3/4を占める森林から伐採される金山杉を用いた建築が立ち並び、
特に白い壁で「美しく古びる」ことを目指した金山型住宅が軒を連ね、
大堰と呼ばれる農業用水路が石造りで美しく整備されて清流に錦鯉が放流されるなど、
山の懐に抱かれて景観施策に意欲的な町で町民も自宅をきれいに保っていることも
どこかしこに窺えるとにかく美しい町で、100年前の村制施行以来一度も町の変化がなく、
昭和、平成の大合併の世の中の流れにも乗らなかったことも町の誇りとなっているものの、
人口減少は他と変わることなく、4000人ほどの人々が愛すべき町に暮らしている。

そんな町の始まりの時に村長を務めた人物の自宅を改装してクリエイティブレジデンスと
まちライブラリーとして、時間を提供するNPO法人MOYA Kaneyamaで酒場が開かれた。
年に一度、開設している期間の締めの時、雪深い地域の冬が来る前に開かれている、
この酒場も今年で3回目を迎えて毎年顔を合わせる町の人たちに再会出来ることを楽しみに、
普段は美術文芸の書籍と魅力的なレコードコレクションに囲まれて夜を過ごすことも嬉しく、
町の雄大な景色を思い出しながら、また会えることを楽しみに準備を整えた。
誰もいなくなった夜の静寂と早朝まだ薄暗く水の音で目覚める瞬間と静寂の町の散歩を楽しみに。

当日使う荷物の発送のために近所のコンビニに向かったある日の午後、
普段からさりげなく声をかけてくれたりする女性が送り状を見ながら「あら、私山形なんです」
そう言う彼女の普段から若干のなまりがあることに気づいていたけれど、
何ともその口調が心地好く響いていたからなおのこと山形との不思議な縁も感じたし、
今回もきっと良い酒場になると思えたその日以来、天気予報とにらめっこの数日が過ぎた。

当日、冷たい雨の早朝の東京駅でお気に入りの駅弁と景気づけと始まりの乾杯ビールを揃え、
始まった3時間半の旅もその長さに気づかないほどに寝落ちして目覚めたそこは、
東北、山形両新幹線の分岐になる福島駅でそのタイミングの面白さにも自ら笑い、
特急列車のように停車する東北の各駅を楽しみながら、終点新庄駅に到着。
ヨーロッパのような駅のホームを抜けて、いつものように眺めの良い喫煙所で一服。
うれしく楽しみな一日の始まりを実感しながら、また会えるかもしれない町の人々を思いながら、
やっぱりだいぶ気温の低い、より冷たく感じる小雨のなかを町に向かうバスを待った。
今日もきっと良い酒場になる、そう思える冷たくても温かな朝を迎えることが出来た。

令和八年 それぞれの町のそれぞれの酒場で
栗岩稔