2026/10/27 10:00


自分は煙草を吸う。どちらかというと愛煙家に近い。煙草吸いには肩身の狭い世の中だけれど、

時間と場所さえ確保出来れば葉巻も吸うし、パイプも持っているし、出来れば楽しみたい。
日常的には紙巻きではなく、葉っぱで巻いた煙草、税金の関係で若干安いし、
細巻きでパッケージもコンパクトだから、ポケットに入れて持っていても目立たず、
紙巻きの独特な煙の匂いがないから、一応周りにもあまり嫌な思いをさせないかも、
なんて考えながら、自己都合もあわせて同じ煙草を10年以上愛煙(!?)している。

吸う場所も肩身が狭いながら考えていて、酒場の開店前の大事な一服については特に。
お勤めの人たちには昼休憩の時間帯は混雑するから避けて、築地警察署前の築地川公園、
そこにある行政が用意してくれている喫煙所で出来るだけ吸うようにしている。
この場所を選んでいるのは公園自体に都会ならではの季節感、夏みかんが実り、
大好きな藤の棚があるし、春には桜も綺麗に花を咲かせるから好んで行っている。
直接藤棚に煙草の煙がかかる場所だけれど、弱っている感じはしないから大丈夫、
これまた自己都合な判断でその藤棚の下の喫煙所で吸うようにしている。
酒場から歩いて5分ほどの距離も楽しみながら行けるから面倒だとは思わずに、
かえって切り替えの時間にちょうど良い距離感も重なって好んで行っている。

その喫煙所にはたくさんの人たちが首からわかりやすい身分証を下げたままで来る。
銀座に本社を構える宅急便の会社のベテランらしき人たちやすぐ隣のIT会社の人たち、
いつもJAZZに関連するTシャツの人や共有の大きな灰皿の周りを囲んでしまう4人組。
電子煙草、紙巻き煙草、シガリロの人もいるし、小さな葉巻を吸う人もいる。
いつも座り込んで混雑していても自分の場所を確保する人、左手にスマホ、右手に煙草で、
落ち着きなくうろうろしながらのおじさんやビル管理の制服を着た若い男性は同じ制服のオバサンの愚痴を聞かされているし、
いつも大体同じタイミングで顔を合わせるおじさんなどなど、老若男女煙草吸いが来る。
土曜日や雨の日にはさすがに少ないからあえて狙っていく自分がいたりするし、
とにかく煙草吸いの面々を眺めているだけでも、なかなか興味深くそこにいる。
マナーが悪い人はもちろんいるし、常に周囲を見ながら怯えるように小さくなっている人もいる。

けれど、何より自分がそこに行くのは公園全体の管理をしている男性がいるからでもある。
委託業者の一担当者ということなんだろうけれど、昼過ぎに無造作に打ち捨てられて
ゴミ箱からはみ出したままのゴミを綺麗に場所を変えて分別して、ペットボトルもきれいに洗い、
いつもいつも綺麗に維持してくれている男性がいるから、という理由も大きくて、
午後遅めに行くと、夏みかんの木の下で休憩をしている姿にはありがとうと言いたいし、
誰もいなくて、ベンチも空いているのに、そこには座らず公園の壁に寄りかかって喉を潤し、
同じく煙草吸いの彼の一服は喫煙所の誰の邪魔にならない場所で背中を向けているし、
いつも黙々とひとり作業に打ち込む彼の同業らしき男性と夏みかんの木の下で、
休憩を共にしていることもあるけれど、語気を荒げるその話をただ黙って聞いているようだし、
とにかく、いつもひとり黙々と控えめにその公園にいる彼とすれ違う時には会釈はする。
言葉には出さずともいつもありがとうございますと思っている。

そんな名も知らない彼がいるから煙草のためにわざわざそこに行くことも理由のひとつだし、
雨の日も風の日も暑い日もいつもいる彼の仕事の仕方を見て自分を戒めたりもしている。
彼がいるからいつもきれいだし、整然としているし、清らかだから人も集まるし、
天気の良い日には近隣の人はもちろん、観光客のランチスポットだったり休憩場所になっている。
とにかく、きれいな場所にはきれいに人が集まる、ということの証のような場所だと思う。

その彼を見ていると、2023年に公開された日独共同制作で国際映画祭でも高い評価を受けた、
大好きなヴィム・ヴェンダース監督作品で、こちらも大好きな俳優、
役所広司さんが主演を務めた映画「PERFECT DAYS」を思い出す。
内容については、情報がたくさんあるから省くことにして、その物語のなかで、
公園を愛していること、陰影を大切にしていること、その写真の撮影方法も似ていること、
ただのBGMではなく効果的に使われる音楽、日本最古の地下街での一杯や
スナックで飲む酒の酒場の流儀のようなものと、そして何よりが読書の趣味、
効果的に使われた主人公の好きなお菓子が鎌倉の銘菓「くるみっこ」なこともあわせて、
勝手ながら、たくさん見つかった共通点がにしみじみ共感しながら最後まで観ることが出来た。
映画では外部委託先の業者から派遣された公共公園のトイレ清掃員という設定だけれど、
清掃というものに対する考え方や制服の扱い方など細部に渡って考えさせられる作品だった。

築地川公園の彼にも同じように、清掃員だから汚れていて当たり前のように思いがちだけれど、
いつも身綺麗にしているし、首にかけたタオルはいつも真っ白だし、
不潔なところは何ひとつ感じられないから公園も同じようにいつも気持ちよく、
利用させてもらっているし、ダメな大人が残したゴミを率先して拾うこともある。
それは恩着せがましくしているつもりはなくて、自然とそうしているし、
きちんと入っていない吸い殻は中に落としたり大きな灰皿があるのに下に落ちているものは
ダメな大人を想像しながら若干舌打ち気味に拾って捨てたりしている。
そんな自分に少し驚きながら、だいぶ歳を食っているけれど今さらながら「大人になった」と思う。

この酒場のある路地裏には毎日何本かの吸い殻が捨てられている。
時には近隣の有名コーヒーショップのカップやコンビニおにぎりの海苔がついたままの包装紙、
空き缶、ペットボトルは当たり前に置いてあったり、空のスニーカーの箱もあった。
何でこうなるかな、とか思いながら腐ったりせず、拾って捨てるようにしてきた。
効果があったのか、最近はだいぶ減ったてきて、きれいな場所には良心があれば、
ゴミは捨てないだろうと少しだけ他人を信じられるようになったものの、
吸い殻だけは無くならないから、呆れて見て見ぬふりはせずに拾っている。

それでも嫌気がさしそうな時はいつも築地川公園の彼のことを思い出すようにしている。
そうすると勇気が出るし、彼に感謝すらしているから、次に会ったら言葉に出して、
いつもありがとうございますと、名も知らず、身の上も知らないけれど、
その仕事ぶりを見ているだけて何かが伝わる彼に、これまで気恥ずかしくて、
挨拶すら出来なかったけれど次には挨拶ぐらいは出来るかも、そんな風に思いながら、
斜陽と少し冷たくなった風に秋の深まりを感じながら公園に向かって歩いている。

万全で大満足で完璧な一日なんてなかなか無いのかもしれないけれど、
そうなるように思いながら生きることが大切なんじゃないかと思う。
仕事柄あの映画のような夕陽を眺めながら仕事を終えることはないけれど、
午後の陽射しを浴びながら、始まりの前の大切な時間に気持ちを高めるために
惰性ではない大切な一服の時間を過ごすために清々しい公園があることが嬉しい。

令和八年 巡る季節を感じられる喫煙所で
栗岩稔