2026/10/20 10:00

先週、この酒場の4年目が始まった。
4年目の一番目は、ニューヨークからハネムーンで来日の新婚夫婦。
初めての日本を東京、京都、沖縄と旅した2週間の最後の夜を前に来てくれた。
その彼から「この帽子は取ったほうが良いか」と頭上のキャップを指差しながら訊かれた。
ドレスハットではないし、敵意が無いのだから問題ないと伝えるとまた、
二人きりに戻り楽しげに、まだ陽が高くビル光が差し込む大きな窓を背に話していた。
マンハッタン在住だという二人の、礼儀正しく場をわきまえたその様子が嬉しく、
帽子の着脱を気にするなど初めてのことに驚き、仲の良い二人に感謝しながら、
とても素敵な景色で始まった酒場の4年目に悦びを覚えていた。
25年前の鎌倉でアニキ分のバーテンダーが「酒場は外国人がいると景色が良くてさ、
やっぱり良い酒場には良い外国人が集まるんだよ。」と都内一流ホテルのバーで、
メインバーテンダーを務めていただけあって、さすがと思われる観点で言っていた。
自身の経験上でも確かにそうだろうとは思うものの、どうなるかと考えた新しい酒場の。
結果的には鎌倉に長く暮らしていた外国人が夜な夜な集まるようになったことを喜んだ。
あれから今また、たくさんの外国人が訪ねて来てくれていることが嬉しいし、
日本のことを楽しんだままに、この酒場の記憶も良いまま一緒に持ち帰ってもらいたい、
そんなことを改めて思いながら、また来るよと言って帰る二人の背中を見送った。
二番目は、スーツ屋の時代に広報もしていた関係で取引先のメンズファッション誌で
広告部にいた同世代の男性で、20年来の付き合いが未だに続く彼とはいつも、
社会問題、日本のこと、もちろん服のことなどなど、たくさんのことを話しているけれど、
海外経験豊富な外から見た日本の観点が特に面白く、以前の仕事ベースの枠を外して、
今は二人共に父親となっていることも更に幅が広がった会話を楽しんでいる。
そんな語学も長けた彼はニューヨークからの二人とも程好い距離感で会話が弾み、
自分には到底出来ない、日本のことを上手に伝えている様子に酒場の醍醐味を感じたし、
彼らもきっと再来日の想いを強くしたと思っているし、きっとまた会えると思いたいし、
彼らのまた来るの言葉も信じながら、素敵な酒場の景色を思い返した。
三番目には、15年来のお付き合いをいただいている大手ゼネコンの建築士で同世代の男性。
彼の同僚の退職の送別の品の相談にと仕事の合間をぬって来店。
アイスコーヒーと共に、その女性の特徴や状況などの話をしながら、
こちらが提案したものを買うために街に出掛け、買ったものの報告と
会食前の今度はビールで時間を過ごして、大切な送別の会食に出掛け、
その後の二次会にまで、その同僚を連れての三度目の来店をいただいた夜になり、
今でも変わらずこのような関係が続いていることもまた、とても嬉しく思えた。
四番目には、当時は会話はなかったものの、25年前の酒場以来になる、
こちらもまた同世代の男性が開店記念日ということを知って、手土産持参で来てくれた。
そして、いつものように、装い、ふるまい、文化の話しなどをしながら会食前に、
大きな窓に夕暮れ迫る酒場で待ち合わせを兼ねていつものひとときを過ごしていった。
続いては、これもまた酒場の醍醐味と思える、偶然だけれど巡り合わせを感じるひと幕。
研修を兼ねた旅行の会食後の銀座のバーで一杯をと検索して来てくれた5人組。
そのうちの一人が同郷だったり、酔って口ずさんでいた歌謡曲に懐かしさを覚え、
尋ねた結果の同い年の判明に2杯が3杯になり、すっかり寝酒になった銀座の酒場で、
当時、地元で通っていたスナックのリラックスした時間を思い出させてくれたひととき。
今の時代にはあまり感じることがないと思われる、懐かしくも新鮮な人とのご縁、
そんなことを感じながら始まり、陽が落ちて大きな窓にも灯りが目につき、
あっという間に過ぎた夜更けには、9時間という営業時間を感じさせないほどの
たくさんの人と酒が行き交う酒場の祝いの一日が過ぎ去っていった。
こうして始まり、終わった4年目の一日は、紹介で初めて来た女性から
25年前からの顔馴染みまでたくさんの人に出会えたこの日には特に、
この酒場にいなければ出会うことのない、全てのみなさまに感謝しながら、新たな年が始まり、
何より一番の感謝は、この酒場の主である夫婦、お客様の時代を含めて15年のお付き合いで、
彼らがいなけれざ、自分は今ここにいないし、いることすら出来なかったと断言出来る。
彼らの大切な酒場をきちんと、命の宿る、止まり木のような酒場にしていきたい、
そう強く改めて心に秘めながら祝いの夜を終えた、まだ新しいこの酒場で
初めて出会えたみなさまとこれまでのご縁も加えさせていただき、
この新しい年も精進していこうと、そのための自己管理をより一層、
痛みを伴いながらも頑なに気を張って、頑張っていきたいと思っている。
翌日、こちらもまたスーツ屋時代の出会いから始まった20年以上の付き合いの男性で、
彼がまだ、関西の老舗百貨店勤務時代に一念発起の転職の決意の上京した時の、
面接の形式で酒場のカウンター越しに初めて会ったのが20年以上前のことで、
当時は上司と部下として苦楽を共にして、会社の解散後には服飾の相談役として、
快く対応してくれる良き友人で信頼出来る男として、これまで何人ものご案内をしてきたし、
今でもそうしているし、その日も彼のクロージングオーダーサロンを訪問した。
もうすでに10年近くになる彼の店は今でもたくさんのお客様に贔屓にされ、
一層の広がりを見せながら、切り盛りしているし、きちんと堅実に家族を守りながら、
日々この酒場の近くで過ごしている彼を今では尊敬すらしている、そんな彼に会い、
新たな装いを始める人物の相談に酒場の開店前、午後の心地好い陽射しのなかで、
時間を割いてもらって酒場のはじまりの前の寛いだ時間を送らせてもらった。
銀座という街に生きて20年前以上が過ぎた今、また新たな銀座の出会いも出来ている。
それもきっと、この酒場があったからで、そうであることに間違いはなく、
まだもう少し銀座という街とのご縁を繋ぎながら、この街に運命のようなものも感じながら、
今日も明日も明後日も、これからもまだずっと、もうしばらくは銀座にいる。
そうなんだろうと思いながら、今こうしてこの銀座の端っこの酒場で日々を過ごし、
淡々と良き時間になるように、その時間がたくさん増えるように、
かつては嫌いで使うことのなかった「努力」、今一番この言葉がしっくりくる日々を送っている。
どこまで満足出来て納得出来るのかはわからないけれど、「まだまだ!」の気持ちで、
自分自身を奮い立たせながら日々生きているし、それを楽しみながら生きていられる。
こうして、この酒場の4年目が始まり、たくさんの祝いの言葉に気持ちを引き締めて、
たくさんのありがとうを感じながら、ひとますの一週間を終えることが出来た。
こうしてまた、続いていくのだろうと思う、多分無事に何事もなく、少しでも長く。
令和八年 四年目のはじまりの秋の日に
栗岩稔
