2026/09/15 10:00

最近すっかり観ることは少なくなったけれど、常に居間で点いていて、
なくてはならないものだったテレビに、まだすべての情報を求めてかじりつくように、
ニュース、巨人戦、大相撲の優先権が父親だったものと学校で禁止されていた(!?)もの、
ドラえもん、ドカベン、ガンダム、ルパン三世のアニメを除いた大人向けの番組の中で、
大好きなものがいくつか、子どもの頃には読売テレビ系列の「遠くへ行きたい」、
TBS系列の「兼高かおる世界の旅」と少し大人を意識し始めた頃には、NHKの「小さな旅」で、
まだ週休2日ではない時代の唯一の休日、日曜日の朝に寝坊することなく観ていた。
夜更かししていても何も言われなくなった頃には、テレビ朝日系列の「世界の車窓から」で、
これを観てから布団に入り、NHKの「新日本紀行」ではニッポンの暮らしを知った。
そして、同じく「シルクロード」では想像を超える世界の暮らしを知って驚いた。
どれもこれも旅、紀行番組で市井の暮らしを映した内容でドキュメンタリーだった。
日本の番組では知らない町を知り、世界の番組では遠い異国の知らない町を知り、
行けるものなら行ってみたいという夢を抱いて憧れを持って観ていた。
ある程度の知識がついて現実的になって自分のことをわかったつもりでいた頃には、
世界のどこかの町にいる自分を想像してみたり、日本の年中行事を探求したくなって、
だいぶ歳を取った今でも同じように好きで観ることはあるし、今も変わらず続く番組は嬉しい。
「新日本紀行」については、デジタルリマスターされた「よみがえる新日本紀行」として、
今のその町を教えてくれているし、最近では「新日本風土記」に感動することも多い。
詰まるところ旅に興味を持って生きてきたんだと思うし、地元を去ることについても、
抵抗がなかったのかもしれないと思ってみたりするけれど、地元を出たことによって、
その風土を深く知ることが出来たし、魅力を感じたりしていることを
この歳になってようやく気付くことが出来たのかもしれないと思っている。
ひとり1台というクルマ社会の地元では移動がすべて当たり前のように車で、
公共交通機関はだいぶ不便だし、いくら近所でも車が当たり前で歩くことはなく、
今では当たり前のように歩く距離でも車で移動していたのだから、
見えるものは違うし、見落としていたものがたくさんあったことにも気付く。
わき見運転になるから横は見ないし、フロントガラスは視野が限られるから、
遠くにある高い山の頂は見えても地元の山の頂は近すぎて見えないし、
視界が限られることによって視野が狭くなって興味を持つことが少なくなる、
そんなことにも今更ながら気付いたし、今暮らす町でもそうだけれど、
目的だけの移動では何も得るものはなく、歩く速度で見えることを楽しむ、
そんな小さな旅、目的もなくただ歩いて公共交通機関が運んでくれることも小さな旅、
ほぼ日課になっている散歩もまた小さな旅、そんな風に思えるようになった。
もちろん遠くへ行きたいし、世界の旅をしたいし、もう一度列車旅もしたいけれど、
どんなに短い時間、距離でも今は小さな旅を楽しみたいと思うし、楽しめる自分がいる。
あっという間の目的地まで、ではなくゆっくりと、慌てることなく、焦らずに。
衛星に誘導されることなく、情報検索することなく地図も持たずに目の前の道を。
先日、実家の所用を済ませた午後から自分なりの小さな旅をした。
地元に暮らした時には初詣や節分に日帰り温泉にと頻繁に行っていたから旅感覚はなく、
ただの目的地だった別所温泉の古くからの湯治場の町の高台で鎮座する北向観音に行った。
上田駅を始発に全行程でも30分足らずで終点というローカル線別所線を使って、
終点の別所温泉駅から坂を登って北向観音まで、初詣や節分の時には屋台が立ち並ぶ坂道を、
ほぼ誰にも会うこともなく、ぶらぶら歩き、そこでしか買えない
温泉饅頭「厄除饅頭」に後ろ髪を引かれながら、昔からそこで作っている
佃煮「七久里煮」の香りに自分への土産をこれと決めながら登った先の左手、
石造りの鳥居を左折した先の急な石段を下り、時代が止まったような参道を歩きながら、
変わらない土産物屋の軒先に変わらないお土産を懐かしみながら、
すぐ目の前の急な石段、人出が多い時には幅いっぱいの人が一段ずつ上がるところを、
あっという間に、けれど最近平坦な道でも蹴躓く自分を知っているからゆっくり慎重に、
慌てることなく石段を登った先に見えてくる北向観音の本堂が静寂のなかでそこにあった。
子どもの頃には苦手でどうしようもなかった鐘楼を右手に見ながら、
どうして鐘の音がとても苦手で鐘楼を見ることすら嫌で仕方がなかったのか考えてみても、
その答えは思い出すことも出来ないままに階段を上がりお詣りをする前に自ら鐘を打ち、
これまでになくきちんとお詣りが出来ている自分に気付きながら清々しく詣り、
本尊にもきちんと挨拶をして、知らなかった沿革もしっかり学ぶためにその額を見上げた。
平安時代初期に比叡山延暦寺の慈覚大師円仁により開創された霊場で、
それが1200年も前のことでその後の源平争乱の最中にほとんどが焼失したものの、
源頼朝の命で復興が行われたということに鎌倉との縁を山の上で感じながら、
北条国時により再興された時が800年も前のことだったことを知り、
その歴史の深さを知らずに60年近くいたことが恥じながら、当たり前だった北向観音の北向は
日本国内ではほとんどない様式で千手観音を本尊として現世ご利益を願う場所で、
よく聞かされていた関係する善光寺は南向きの建立で阿弥陀を本尊にして未来往生を願い、
北向観音だけだと片詣りと言われて、向き合った双方をお詣りしたほうが良いと、
そういうことだったのかと改めて深く知りながら、そういえば、
数少ない同世代のいとこ家族が元旦に長野市から遊びに来ていた時には、
善光寺と北向観音にお詣りしてから来ていたことを思い出し、なかなか来ない弟家族に
苛立ちながら、でも酒の準備をしていた父親を思い出したし、
その夜はみんなで居間のまだ当時は大きかった食卓を囲んで遅くまで
テレビの正月番組を観ていたあの時間かとても懐かしく思い出すきっかけにもなった。
そんなことを考えながら本堂左手の広場の先まで行って生まれ育った町を遠くに眺め、
きれいな空気のなかの深呼吸でまた清々しい気持ちで急な石段を下りて短い参道を抜けて、
目の前の石段に足をかけるその時に昔からそこにあった食堂のきれいになった看板を見つけ、
あまりも変わりすぎて気付かず、違う店かもとか考えながら変わらないメニューも見つけ、
抜群に美味しかった馬肉うどんがまだあって、古くからの観光地らしく、
中途半端な時間でも営業していることに喜びながらのれんをくぐり、変わらない座敷席、
きれいになったけれど変わらない席に胡座をかいて腰を落ち着けた。
昔は出来なかった生ビールをやっぱり当たり前のように注文しながら品書きで品定めをし、
そこにある山菜のお浸しの追加注文で小さな旅の午後の小さな宴が始まった。
こんな時間に酒を呑める旅の醍醐味に満足しながら、山菜のお浸しと生ビールで
暑かった日の心身を冷まして、いよいよの馬肉うどんを注文。
程なく届く熱々のうどんを頬張りながら生ビールで口内を冷やしながら食べ進め、
最後に小皿に残しておいた山菜をうどんにのせて山菜馬肉うどんという通ぶった食べ方で、
甘辛の汁まで飲み干して短くも楽しく懐かしむひとりの宴を終えて老夫婦に礼を述べた。
そうしてまた、石段を今度こそコケないように慎重に上がり、坂を下る途中で佃煮を買い、
左手に駅を見過ごしたまま、すぐ先にある町営温泉施設にたどり着いた。
地元の高齢者に囲まれながら身体の芯から温まり、山に陽が隠れそうななか、
往復乗車券と入浴券のお得なセットを買っていた自分を誉めなから、
程よく冷房の効いた車内から見える刈り入れ前の黄金色に染まる前の美しい田園風景に
感動しながら、とても良い小さな旅だったことをしみじみと車窓の風景を楽しんだ。
次は片詣りではいけないから善光寺詣りかな、とか思いながら、
それがいつなのかわからないけれど楽しみに、またいつもの暮らしに戻ることを考えても、
苦もなく楽しめそうな予感のままに、上田駅に着いたら帰りの新幹線までの数時間を
どこでどう過ごすか考えながら、きっとまたあそこで、やきとりではなく豚串、
レバーとカシラを2本ずつに煮込みと生ビールなんだろうな、という頃に駅に着いた。
午後からの小さな旅を終えたひとり打ち上げの店に向かって駅前から続く、
昔は賑わっていたけれど、今は誰も歩いていない商店街の坂を登った。
令和八年 遠くなく世界でもなく小さな旅を
栗岩稔
