2026/08/25 10:00

街の子どもたちはまだ夏休みを過ごしているけれど、夏が終わっていくことを朝に夜に感じる。
先週滞在していた地元では、お盆が終わると夏休みが終わるから夏が終わった感じがしていた。
自分の時代、はるか五十年も前もそうだったから、親戚の子どもが都会から盆明けに来たり
ニュースとか、夏休み特集とかで見聞きしていた時には羨ましくも感じていたけれど、
自分たちには六月に古い言い方で農繁休業というものが一週間あったからそれはそれで、
優越感があったものの冷静に考えてみると農作業の手伝いが実際にあった時は別にして、
一週間余分に休みがあったところで、そもそも夏休みの始まりも遅かったから、
都会の子どもより多いということはなく、年間予定の数合わせのようだけれど、
結局は合計した数はは少ない夏の休みだったんだし、今は知らないけれど、
頻りに教育県という言い方をされていたから、そういうことだったのかな、とも思ってみたり、
そんなことを思い返す夏の終わりのお盆期間の久しぶりの地元滞在のおじさんの夏休みを終えて、
帰京する日の夕刻の駅前には、そのお盆休みを利用して学生たちが地元の同級生と待ち合わせて、
大衆居酒屋の前にたむろしている集団をいくつか見かけ、それぞれに上京した自分を体現、
着飾ったり、まだ目新しい髪型だったりしている様子に、自分の帰省時を思い出した。
まだアパレルブランド勤務の時には特に、東京から来ました、という感じで、
少し斜に構えていたことも思い出して恥ずかしくなったり、あの頃が懐かしくも思えた。
そんなことも思い返しながら、若者たちの輪を避けるように、ひとり飲みが当たり前で、
おじさんがいても全く差し支えなく、だいぶ前からそこにある居酒屋に向かいながら、
そういえばこのビルの、地元では珍しい地下の飲食店街はいつから?と思いながら階段を下りた。
当時そこに何があったのかは全く覚えていないし、今ではコンビニもあるぐらいで、
だいぶ変わった駅前の昔を思い出しながら、席に案内されて、そこでは当たり前のように
流れているテレビで夏の甲子園を放映していることにうれしく思いながら生ビールをまずは頼み、
実況を聴きながら、そういえばひとつ下の世代が甲子園に行って応援にも行ったっけ、
あの頃はまだ暑さに耐えられて、かち割り氷を手に声援を送ったっけ、とか思い出していた。
おいしくビールとつまみを頂きながら、当時の同級生たちはどうしているんだろうと、
珍しくそう考えてみるきっかけにもなった高校野球をぼんやり観ながら、
公式な同窓会には一度も参加したことがないし、もう名簿にもないのだろうけれど、
たった一度だけ、卒業後二十年を記念して、高校時代につるんでいた仲間との会に参加した。
スーツ関連の仕事をしていた当時の仕事を終えてそのまま地元に向かい、
よく行っていた居酒屋、場所も佇まいも変わらないその入り口を開けると、
懐かしい顔の同級生に「すみません、今日貸し切りなんで‥」と閉め出されそうになり、
そりゃ、髭もなかったし、今より二十キロも太っていたし、ロン毛だし、スーツ姿だし‥、
「栗岩です」と言った時の一同の驚きとざわめきと興味津々への態度の変化に苦笑しながら、
その懐かしいけれど、全員がおじさん、おばさんになった輪に加わった。
酒を飲み、話しを聴きながら、久しぶりに会えたことに喜び、楽しみながらも時間が過ぎ、
徐々に気持ちが覚めて、遠くに感じている自分にも気付き始めていた。
もちろん、あの頃と今は違うことは知っているけれど、皆が皆、後ろ向きではないけれど、
守りに入っていてるその話題や様相に、あの頃はもっと前向きというか前のめりだった皆が、
もう自分とは違うところに生きている人たちだと知り、地元や今の暮らしに留まっていて、
全員が上京した学生時代を過ごしている間に、こちらは働き始めていて、
流されるように上京して今でも在京して生きている自分との温度差と目線の違いを感じて、
寂しさを感じながらもどこかで、そんな彼らのことが羨ましくも感じていたあの夜、
そんなことも思い出し、高校野球の実況を聴きながら、ひとりだけの宴を終えて帰京した。
そうして、だいぶ久しぶりのお盆を地元で過ごした夏休みを終えて元通りね暮らしが始まった。
それにしても、今夏はここ数年の酷い暑さはあまり感じることのない東京だった。
他の地域は大変な暑さだし、ヨーロッパでは熱波に襲われたりしていたから、
今年はどうなることやらと、心配していたけれど、今暮らす東京に限っては幸いにして、
あまり酷い暑さになったことはなかったように感じているし、
深夜に仕事を終えて帰りの道すがらの気温に熱帯夜ではないことを感じていたし、
今週は特に虫の音があちらこちらから聴こえてきたことに足早に過ぎる季節を感じ、
ここ数年の夏には、暑すぎて深夜にようやく蝉が鳴くほどだったけれど、今年はそれもなく、
朝から夕暮れまで鳴いていられるようで、今は特に蝉時雨が心地好くも感じている。
けれど、今年もまた大きな地震、集中豪雨が発災して地域の人々を苦しめている。
熊本では地震のあとの酷暑に襲われ、千葉では都市部の水害に対する脆弱さを露呈した。
いざ東京で発生したらどうなることだろうかと、心底心配しているけれど、
これもまた幸いにして、今暮らす地域では国の大切な機関や施設、ましてや皇居もあるから、
このあたり一体では大規模な排水設備が完備されていると聞いたことがあるし、
隅田川にしても、岸壁ギリギリは何度も見たことはあるものの、すぐ目の前が東京湾だから、
氾濫することはなかなかないんじゃないかとは思うけれど、海がとんでもない津波や高潮で
逆流でもしたらひとたまりもなく、こんなに弱い地域で個人主義の住人ばかりだから、
安心していることは全くなく、決して他人事ではなく、心構えをしなくてはいけないと、
心から考えさせられた、お盆の時期、遠く離れた地元の町でニュースにかじりつきながら、
情報を集めながら、土の匂いのする夕立に懐かしさを感じてうれしくなったりしていた。
そんななかで東京に戻ったその日、整備された公園がとても多いということを改めて感じた。
地元では城址公園以外に公園らしい公園はどこにもなく、すべて住宅地になっているから、
子どもの頃には田畑だった面影はどこにもなく、記憶すら薄まってわからない場所もある。
しかも車社会だから歩いている人に会うこともほとんどなく、かえってこちらが異質に思う。
こちらでは、朝から晩まで人が常にいるし、店も開いているし、公園か至るところにあるから、
散歩することの楽しさや季節の移ろいを公園の樹木に感じて喜んでいたりするし、
読み終えていなかった本も再開して、次々に控える本もたくさんあったりしているから、
まだほとんど気配はないけれど、読書の秋になるのだろうということを楽しみに、
昨夏ほどには食欲減退していないから食欲の秋の可能性もあるけれど、今のところはないし、
それでも、昨夏よりもビールが美味しいと感じているし、酒量も多いように思うし、
そもそも酒を飲めているのだから、まだ大丈夫という変なバロメーターだけれど、
実際にそう思っているし、わりとこれまでもずっと判断基準にしてきたから、たぶんそう思う。
そんなこんなで、たくさんたくさんの過去というものを振り返るきっかけ、
子どもの頃からふらふらしていた十代の終わり、今となっては跡形もない、
初めてまともに働いて、生まれて初めて労働の楽しみを知った百貨店の跡地で
そこがすべての始まりだと知ることが出来て、たくさんの刺激をもらった今年の夏だった。
青い空、カッコいい雲、全く余計な音がせず人の暮らしを表すだけの灯りの夜と星空。
人に紛れ、音に包まれ、どこにいても何時でも灯りのあって、空も明るい夜。
東京でそんなことを改めて認識しながら、今もこれからもう少しは生きていく、
そんな予感と確信も出来た夏に、東京を好きでいることを改めて知った自分が今ここにいる。
大好きな公園の散歩では、この時期特に目につく、さるすべりが花をつけている。
戦後荒れ果てた東京を復興する際に整備された公園の樹木や街路樹が今は「老木」になり、
危ないからという理由で保護することなく、撤去されて今の環境に順応出来る樹木が選ばれて、
少しずつ変貌してきた景色のなかで最近は特にさるすべりが目につくようになった。
そんなことにも気付き知ることが出来た夏だったし、実家の庭にあったさるすべりも
生まれて初めて花を咲かせていることに気付き、それほどに平均気温が高まっている、
そういうことなんだろうということも知ることか出来た夏が終わった。
さるすべりという名前を教えてくれたのは母だったことを思い出す忘れられない夏だった。
令和八年 さるすべりの花が咲く頃に
栗岩稔
