2026/07/28 10:00


まだ梅雨明けしない日曜日の朝の陽射しのなかで晴海通りを真っ直ぐに歩く。

その先にある皇居を目指して日陰を選ばすに、ただ真っ直ぐに歩きたい、
そんな気持ちに駈られて歩き、皇居の石垣が右手に見えてひと安心しながら、
大きな大きな横断歩道で立ち止まり、正面から来るランニングの人々とすれ違い、
静かな静かな日比谷公園に入り、すぐ左手の史跡となっている石垣、
古のまだ有用だった頃に想いを馳せながら、いつもそこに座り時間を過ごすベンチに向けて、
石段を登った先で朝の光を楽しむ人々のなか、ちょうど空いていた真ん中のベンチに座り、
数メートル高いだけで体感温度が違うことを、噴き出した汗にも感じながら、
大好きな水鏡の美しい池を眺めて、暑さに馴染むのを待ち、蝉の大合唱の大木の並木と
水鏡に映る音を感じない高層ビルの対比で東京を感じながら始まった日曜に、
休日を楽しむ人々が散歩している公園をひと回りして、稀有と思われる意外な喫煙所で、
真上に登った太陽の陽射しのなかをタバコを楽しみ、標高数メートルの千代田の山に登り、
蝉の大合唱しか聴こえない大木に身を委ねながら、テニスに汗を流す人々を眺め、
下山して日本で初めての植物園の美しく整えられた芝生と噴水を右手に見ながら歩き、
交番の前の横断歩道でまた立ち止まり、ビルの日陰に隠れるように待つ人々を
遠くにボンヤリ眺めながら、骨格が痩せたと感じる、ずり落ちたサングラスをかけ直し、
青く光る陽射しの横断歩道を右手に曲がり、誰も歩いていない歩道を歩いた。

夜かと思われるほどの室内の照明に目が驚きながら、高い天井から優しく照らす明かりと
余計な音をかき消す静かなロビーで立ち止まり、慣れてきた目で時間を確かめ、
まだもう少しの時間に、結婚式の宴を控える新郎新婦がひまわりの階段で記念写真を撮られ、
それをまた写真に収める人垣が出来て、そこに少し遅れて、小走りで近づくモーニング姿の男性と
その子どもと思われる白いネクタイを手にした若い男性と美しく着飾った女性が
穏やかに微笑みながら、二人にはたぶんきっと姉の新婦の姿を見つけて感嘆の声をあげて、
父親は「どれどれ、オレも写真に撮るかな‥。」と取り出したデジカメの使い方を教わりながら、
慌てた様子でネクタイを結ぼうとしている男性と、笑いながら男二人を世話する女性、
そうして家族の思い出で記憶と記録に残るであろう一日が始まっている、
そんな祝いの日曜日の午前の様子ををボンヤリと大きな柱にもたれながら眺めた。

どうしても元オーダースーツ屋の目が働いてしまう衝動を押さえながらも、
祝いの大切なハレの装いに、もう少しなんとかならんものかと、どうしても感じてしまう、
ゲストの男たちの服を目が追いかけながら、それを販売したスタッフに対して、
きちんとしてあげなきゃダメでしょ、と自分も含めた戒めの気持ちを感じながら、
後方からの視線と声に振り返ってみた先には画面に収まるように移動する娘と、
立ち位置を指示する母親に気付き、その画面に自分も入っているように感じてすぐに、
逃げるようにその場を離れ、もう時間と決め込んで、中2階に向かう階段、
祝いのゲストの邪魔にならないように裏の階段に向かって歩きながら、
足の裏に感じる毛足の長いカーペットが全ての余計な音を吸収していることを改めて知り、
また一段と暗さを感じる階段を上がり、営業案内の看板をしまうスタッフと挨拶を交わす。

開店直後の長いバーカウンターときれいに磨き上げられた卓上を照らす、
真ん丸のスポットライトと乱れることのない椅子が居場所を指定して、
誰かを待っているような気配すら感じるなか、Frank Lloyd Wrightの当時の建築の
ウッドバネルの前に案内されてより緊張感が高まり、余計な音を立てないように着席、
俊敏に美しく動くバーテンダーにジンリッキーの注文に好みのジンの問いには
スタンダードを依頼しながら、スポットライトの真ん中で真っ白なコースターとその時を待ち、
静かな高揚感を覚えながら、右側で作るバーテンダーを特技とも言える視野180度の視界で、
静かで余計な動きや音がない仕草を眺めていると、程なく運ばれたジンリッキーに対面し、
うっすらと水滴のついた見慣れたサンドブラストの紋様が相変わらず美しいグラスを中心に、
時計の14時の方向に柿ピーの小皿、12時の方向にチョコレートのタブレットの小皿で
始まった真正面から酒と向き合う久しぶりの自身の戒めと確認の時間に背筋を伸ばした。

程なくして誰もいなかったカウンターの数席離れた左側に黒い革鞄を下げた初老の男性、
スラックスにシャツという出で立ちで派手さはなく、休日ではなさそうな装いで、
「マティーニを」と注文したことに、またしても視野180度の視界を駆使して眺めた先には、
余計な会話も動きもなく美しく始まった儀式のような所作で提供されたカクテルグラスに
並々と入ったマティーニが美しく輝き、少し微笑みながら口に運ぶ男性の佇まいに、
忘れていた程よい緊張感を思い出し、改めて汗が染み込んだシャツの襟を正しながら、
途切れなく口に運んでいた柿ピーの皿をさりげなくお代わりの皿と置き換えるバーテンダーと、
少し照れくさそうに「あ、ありがとう」とに続いて「ニシンの酢漬けを」と注文して、
そのままマティーニに向き合い、ニシンの酢漬けが届く頃には「ギムレットを」と、
あまりにもスムーズな流れに、さりげなくナイフとフォークではなく箸を提供する、
そのやり取りと気遣いに感心どころか感動すらしながら、こちらも2杯目のジンリッキーを、
そう思い始めた頃にタイミングよく目の前に来るバーテンダーにお願いをした頃、
背後のテーブル席からは落ち着いた女性の声で「シャーリーテンプルとミックスサンドを」に、
そうそうこの感じ、これこれと心のなかでつぶやきなからその佳き時間を過ごした。

程なくして、ギムレットを飲み干した水滴の残るカクテルグラスを残して席を立ち、
個人事務所に向かうのか研究室に向かうのかと想像を膨らませながら、
一流の仕事と一流のゲストのなかにいられた自分がうれしく、ありがたく、
程よく冷えた氷無しの水で喉を潤して、体内の熱が覚めていくのを感じながら、
十二分に確認と戒めにもなった時間を終えて、まだ陽の高い昼下がりの通りに出て、
人が歩いていない通りの反対側の何かのイベントの賑わいを遠くに感じながら、
太陽に照らされた通りを真っ直ぐに、賑わいに背を向けながら真っ直ぐに、
右折してからも晴海通りを真っ直ぐ歩き、程よく酔った自分を楽しみながら、
けれど一本筋の通った自分も感じながら真っ直ぐに、右手にSONYPARKを見ながら、
また想いを新たに、強く、確認しながら真っ直ぐに歩き続けた。

相変わらずたくさんの人がいる銀座の象徴のような四丁目交差点で、
報道や中継で使用されるセイコービルの時計を見上げて時間を確認しながら、
この街に20年以上いられた事実を改めて感じながら、まだもう少しいられることを願い、
今日の昼の戒めの酒の時間がこれからまだもう少し自分の役に立ちそうな予感を
身に染みるように感じながら、また日陰を選ぶことなく、真っ直ぐに、
自分を試して確かめるように真っ直ぐに、陽射しに午後になったことを感じながら歩いた。

令和八年 水鏡に映ることのない自分を省みて
栗岩稔