2026/07/21 10:00


最近、知らないことは調べて知るということが楽しくなってきたし、

あまりにも知らないことばかりの世の中だから、意識的にそうしていると思う。
知らない花や樹木や色々な事象を調べてみていると何だか先を急いでいるようだけれど、
知ることが楽しいし、自然にそう思えるのだから、そうしている。

ということで、きのうは海の日だったけれど、何故「海の日」なのかは知らずに来た。
海の近くに10年も住んで毎日のように、海辺を散歩していたのに気にかけることなく、
あの町から離れて20年にもなるけれど、当時の知人が銀座まで訪ねて来てくれているから、
なおさら海のことは相変わらず意識しているし、身近に感じているし、
先日開催された鎌倉花火大会のことのほうが、隅田川や東京湾の花火大会よりも
気になったりもしているし、今の住まいも河口付近だから東京湾の近くにいる。
島国ニッポンにはとても大切なことだから、気になるし、単純に海が好きなのだから、
いくら海無し県生まれでも素直にそう思えるし、古くから海は大切だと知っているから、
知らなかった「海の日」について、知っていなければいけないと思って調べてみた。

海の恩恵に感謝するとともに、海洋国日本の繁栄を願う日として制定された国民の祝日で、
その翌日7月21日から31日までを「海の旬間」として、国土交通相が中心となり、
海洋団体、海事関係団体、地方公共団体などの協力を得て海洋思想の普及活動が
行なわれるようになったのが1996年で当時の首相小泉純一郎内閣のときで、
今のように第3月曜日とされたのは2003年で、この時は橋本龍太郎内閣で、
国民の余暇を増やして観光業などの活性化させるための「ハッピーマンデー制度」が適用して、
流動的な休日となったところで「ハッピー」な月曜日かどうかについては
人それぞれだと思うけれど、そんなことらしいし、そういうことでこうなった。

そもそも7月20日については、1941年に当時の大臣が強く推して「海の記念日」とされたらしく、
その日は遡って1876年、明治9年のことで、明治天皇が視察船「明治丸」で航海に出航し横浜港に無事帰還した日が7月20日で、
明治の頃に国民が祝ったその日を太平洋戦争開戦の昭和16年に強く推した内閣があって、
天皇を強く推していた大臣が国威高揚のために動いたんだろうことは容易に想像出来る。
その「海の記念日」として存在していた日が1990年代に国民の長年に渡る地道な活動で、
1000万人に及ぶ署名活動により法制化されたということらしく、
全国民の1割にも達する署名を集めた地道で継続出来た強い想いはどんなものだろうとも思う。

そういえば、江東区と中央区の境の橋を渡ってすぐのところにある海洋大学の隣に、
時代が流れ流れて忘れられたように明治丸があったことを思い出したし、
その名前が明治丸海洋ミュージアムだったからそういうことだったんだと、
散歩の道すがら、いつも橋の上から眺めるだけだったあの場所がそうだったことも、
改めて考えさせてくれた「海の日」のことだけれど、単純に海でわーい、
そんな感じでもなさそうだし、そもそも暑すぎて、海の家でラーメンやカレーやかき氷で
楽しむ感じでもなさそうだし、夏そのものが変わってきているなー、とも思うし、
海で、ではなくもっと違う場所で「祝う」日なんだなーと思ったりもするから、
久しぶりに明治丸を見に行ってみようかとも思うし、これまで外観だけだったから、
中に入ってきちんと「拝観」してみようかとも思ったりもしている。
いずれにしても今年は7月20日が「海の日」で国民の休日で、
かつて国民全員が祝った日で、それを忘れないために開戦時に制定された「海の記念日」で
何だか国旗がはためいて、天皇陛下万歳という声が辺りから聴こえてきそうな日

これからのニッポン、80年前からは想像も出来なかったような戦争が続いている世界のなかで、
どんなカタチに導いていこうとしているのかについて決定づける、国民の代表である
議員のみなさまが議論を続けている国会では、何故今なのか、今はもっと考えて、
決めて旗振り役にならなければいけないことばかりの世の中で今、
皇室典範改正について議論して、議論というよりほぼ意思決定しているものを、
さあどうですか、と言わんばかりの法制化に向かっているように思える。
内容については、記者でもないし専門家ではないからここに書き記すことはしないけれど、
皇室の人数とか皇位継承の先行きについて、もちろん大事なことだから必要だと思うけれど、
今この時に議論している、ほぼ決まった内容について思うのは、
皇室のみなさまはもちろん、旧宮家の養子対象になるみなさまもひとりの人間であって、
神様ではなく、特別な人種でもないんだよなー、意思表示はしないのかもしれないけれど、
心情というか思うところはあるんだろうけれど言葉に出してはいけないんだろうなと思う。
海が似合いの季節になってきたし、まさしく海の日だったから、
海に行きたいな、とか海で遊んではしゃいだりしたくないのか、
けれど、幼少期からの教育で庶民の感情とはかけ離れたところで、
そもそも、そんなことすら考えることはないのかな、と思ったりもする。

だいぶ前、かつてあった小さな酒場の夏の夕暮れのこと。
ベルギー大使館にお勤めの女性がカウンターでカンパリソーダを楽しみながら、
「王女が来日したときなんですけどね、ひとりで新幹線に乗って旅行に行ってしまって‥、
付き添いの人や警護の人も同行していたんですけどね、ホントひとりで‥、
大変だったんですよね。」と夕立ちのきそうな空を眺めながら言っていた。
何だか古い映画を思い出させる話だったけれど、日本の皇室のみなさまはないんだろうな、
もし、海に行ったとしても、そこには庶民は遠くから見守るだけで誰も周りにはいないだろうし、
警護や警備、監視がすごいことになるんだろうな、とも思ってみたりする。
そもそも事前調査で行くことすら許可されないんだろうな、と思ったりもした。
あの夏の海のはしゃいだ感じや、何だか美味しいカレーやラーメンを知ることなく、
そもそもそんなことに興味すら持たないのかな、と思ってもみたり、
まあ、いずれにしても別のところに暮らす人間なんだろうなと、
そんなことを思いながら聴いていたラジオから流れている国会中継から、
もうひとつ、国旗損壊罪についても法制化されるようだけれど
何だかニッポンはいつかのニッポンのように帝国主義に向かっているのかな、
そんな風にも思うし、大丈夫なのかなニッポン、と憂いという言葉でまとまる今。
どこに向かって、どんな未来になって行くんでしょうか、この世界のなかで今。

明治天皇が乗った明治丸が無事帰港した7月20日を海の記念日として、
制定したのが1941年、昭和16年の太平洋戦争開戦時で、
明治9年のその日に国民全員が祝ったであろうその記念日を国民主導で、
当時、絶対的な人気だった首相の推進力で祝日にした1996年、
阪神・淡路大震災や地下鉄サリン事件などの悲しい出来事ばかりだった年の翌年で、
イラク戦争時の2003年に国民の余暇を増やして「ハッピー」な制度で流動的になって、
そもそも、はじまりすら知らずに、海でイエーイとかはしゃいでいた若い頃を思い出す、
暑さが身に染みて大分堪えるようになったけれど、海には行きたい還暦間近の海の日に。

令和八年 海の日って何だったっけと思う火曜日に
栗岩稔