2026/07/07 10:00


今日七月七日は七夕祭りで、すっかり自分のなかで定着しているけれど、

地元にいた頃には旧暦に倣って八月七日あたりで商店街の客寄せのイベントとして、
笹の葉のディスプレイに子どもたちが願い事を書いた短冊がゆれていた記憶がある。
だから上京したばかりの夏に七月なんだと知り違和感を覚えたことを思い出す。

その夏に横浜の郊外に住む福田センパイから平塚の七夕祭りに誘われた。
上京したばかりで右も左もわからない田舎の若者を可愛がってくれた、
ヨコハマの女という都会の女性を感じていた福田センパイのことも思い出した。
とにかくビール好きで清涼飲料水はもちろん、お茶や水を飲むんだったら缶ビール、
そんなヒトで飲み会や差しで飲みに行っても淡々とビールを飲み続け、
酔うこともなく、こちらのことを気にかけながら傍らにいてくれたセンパイ。
場所を変えて自分が好きなバーでウイスキーを飲んだ途端にひどく酔った姿に、
あーこのヒトはビールで良いんだ、酒、ではなくてと思いながら介抱したこともあった。
そのセンパイと休日が重なったその日に誘われた時は単純に嬉しかったし、
休日はひとりで街をうろついて酒を飲むだけの日々に、知らない土地に行くことが出来て、
やはりどこかで福田センパイと過ごす休日が嬉しく楽しみにしていた。
ただ、デートなのか何なのかわからないままに東海道線に揺られて降り立った
平塚の七夕祭りの商店街をただぶらぶら歩き、ひと休みにはビールを飲み、
日が暮れると居酒屋で生ビールを飲み、七夕祭りとは縁遠い日を終えた帰りには、
途中駅で下車したセンパイを見送り、新宿までの長い時間をひとり過ごし。
吉祥寺駅近くのラーメン屋で瓶ビールに餃子とラーメンで締めた休日の一日。
翌日には何食わぬ顔で職場で再会したあの夏の日を今にして思えば、
誘ってくれたことの意味すら考えず、ただその日を自分勝手に楽しんだことを、
少し申し訳なく思うし、少し反省すらするし、上手に出来なかったし、
その術すら知らなかった上京したばかりの田舎の若者のほろ苦く淡い思い出になった。

その数日後に本社の担当営業から営業時間中に百貨店屋上に呼び出され、
センパイとの関係はどうなっているんだと問い詰められたことも思い出し、
その瞬間に何だかキモチ悪さを感じながら一気に興醒めしたことも思い出した。
福田センパイとあの担当営業のその後はどうなったのか知らないし、興味もなかったけれど、
その後に別の店舗に異動になったから、そういうことだったんだろうと思う。
けれど、こちらとしては全くそんな気持ちはなく、まあ、それがダメだったんだろうとも思う。
異動先ては七夕祭りどころではない「まつり」の日々だったことも覚えているし、
まさしく泡沫経済のなかで、七夕祭りの揺れる笹の葉のようにゆらゆらと、
けれど、熱く力強く生きていたと思えるあの頃の夏の「まつり」のような日々の思い出、

何だか風物詩のように定着しているような七夕祭りって、そもそも何なんだろうと思った。
仙台や平塚のまつりが有名だけれど、その始まりは何だろうと思った。
織姫と彦星が年に一度の夜にだけ天の川を渡って会える日という物語だけれど、
短冊に願い事を書いて笹の葉にくくりつけることとどういう関係なんだろうと、
二人が会えない一年間に短冊に想いを書き綴って、笹の葉につけて会いに行ったとか、
そんな言い伝えがあって、そこから今みたいになったのかなとか、色々ともやもやしてきた。
別に気にすることもなくいれば問題なくいらるから良いのかもしれないけれど、
知らずにいることの気持ち悪さを感じたことと、後学雑学のために調べてみた。
そうしたら、この歳になって初めて知ったことがうれしいし、納得の内容だった。

その織姫と彦星は結婚後、仕事に怠けたために天の神様によって、
天の川の両岸に引き離され暮らすことになったものの、あまりの二人の悲しみに、
一年に一度だけ七月七日の夜に会うことを許されたという中国の古くからの伝承と、
手芸や機織りの上達を願う年中行事が日本に伝わり、芸事や学問の上達を
祈るようになった年中行事と、秋の豊作を祈り乙女が水辺の機屋に籠って、
神様に供える着物を織り上げ、穢れを祓う「棚機(たなはた)」という日本古来の風習が、
奈良時代に合わさり催された宮中行事、その行事が庶民にも広がり、
江戸時代になると寺子屋文化と結び付き、習字や手習いの上達を願い、
短冊に願い事をしたためた風習、それが定着して今に繋がっていることを知った。

今の七夕祭りに比べてみると、よっぽど江戸時代の寺子屋文化の風習のほうが良いと思うし、
通り一辺倒な願い事だけではなく、今本気で願っていることを短冊に書いてみようかしら、
なんて思ったりもするけれど、まあ現代はいいように解釈して噛み砕いて、
商いに結び付けて経済活動をしてきたのだから、否定はしないけれど、
豊作を祈り、学問、技術の向上を祈る「たなばた」が良いと思いながら、また七夕祭りになる。

そんな七夕祭りを目前にした昼下がりの公園、営業前の至福の一服を楽しむ公設の
喫煙所の脇にあるベンチに初老の男性が警備員のヘルメットを傍らに休憩をしながら、
熱心に見つめる手元のスマホから青森津軽ねぶた祭りのお囃子が聴こえた。
懐かしそうに、少し淋しそうに眺めるその初老の男性について勝手に物語を想像していた。
青森県から上京してはや半世紀、日本全国が熱く働き、浮かれまくっていた経済期には
建築ラッシュの大都会に働き、停滞の平成時代を生き抜き定年を迎えても田舎に帰ることなく、
先立った妻と独立して家を出た子どもたちを思いながらひとり大都会に暮らし、
社会との接点を保つために今でも警備員として働き、残り少ない日々を過ごしている。
けれど、毎年夏になると思い出す、ふるさとの祭りに想いを馳せる昼下がりの午後。
なんて考えながら、あーもうそろそろ一ヶ月もすれば津軽ねぶた祭りが始まる、
もう三十年も前に体感たあのリズムと体内から沸き上がる血のようなものが懐かしく、
死ぬまでにもう一度体感出来たら、どれだけ良いんだろうなー、とか思いながら、
自分もあと十年も過ぎたら、ひとりどこかで暮らしていられるのかな、
とか考えながら、いつもより旨く、少しほろ苦い一服を終えた。

あす七月七日は七夕祭り、八月四日からは津軽ねぶた祭り、原爆記念日、終戦記念日、
迎え盆に送り盆で夏が終わり、あっという間に一年が終わる。

令和八年 年に一度ぐらいは会いたい、のかな‥。
栗岩稔