2026/06/02 10:00

昨日は6月1日、一昨日の5月31日は実家にいたけれど、どうしても、
自分を確かめるために、6月1日は東京でこの日を迎えたくて、夜のうちに帰京した。
あの日は5月31日の夜行列車に乗って、6月1日の早朝の上野駅からはじまったけれど、
今では新幹線が開通しているおかげで、あっという間に行ったり来たり出来る。
その5月31日は地元、6月1日は東京という38年前と同じ日取りでいられた。
だから何だと言われそうだけれど、自分にとってはあの衝撃的な午前9時の渋谷、
ハチ公前スクランブル交差点の人混みに立ちすくんだ時から38年目を迎える。
すぐに地元に帰るつもりだった東京の生活がこんなに長くなって、すっかり
東京の人のような顔をしてここにいる自分が何とも可笑しいけれど、
あの時からはじまった東京生活のはじまりの地、渋谷で街の変化の報道に、
少し寂しさのようなものを感じている自分もいることに気付くとまた可笑しい。
渋谷西武の閉店に続き、今年の11月にハンズ渋谷店が閉店すると報じられた。
上京したばかりの勤務地が渋谷だったから、生活も渋谷中心だった。
数少ない休日も誰かと会うとか、どこかに行くということはなく、
知り合いも友人もいるわけではないから、唯一知っている街にをひとり遊んだ。
渋谷駅を降りてセンター街に出てぶらぶらしてあてもなく歩き、
WAVEやLOFTを見ながら、一番突き当たりの当時はまだ東急ハンズ渋谷店に紛れ込んだ。
文房具や雑貨が好きだったから、何かを探すわけではなく下からぐるぐると、
段違いの階段をフロア毎に見ながら一番上まで行って、また違う階段を下りながら、
下までぶらぶらしながら見て回り、少ない給料ながら、気にいったものを発見するとつい、
衝動買いしてしまうという場所で、行けば何かわくわくするものが見つかるかも、
という期待と休日の楽しみにしていた場所か東急ハンズ、今のハンズだった。
お腹が空いてくるとバルコ正面の脇道を入ったところにあった辛いラーメンを出す店で、
一番辛いラーメンを食べて汗が吹き出したまま、またハンズやバルコをぶらぶらして、
午後遅い時間には東急本店のはす向かいの小さなビルの最上階にあった喫茶店、
バッハが流れ、マスターが優しく迎えてくれる店で美味しい珈琲と読書で
渋谷の喧騒から逃れて穏やかな気持ちで時間を費やし、心落ち着かせてまた、
センター街に紛れ込んで彷徨い歩いた夕暮れに、同じビルの地階のジャズバーで、
バーボンの山盛りオンザロックとソルトピーナッツを食前酒にジャズを聴き、
陽が落ちる頃にはガード下で焼き鳥5本と生ビールを2杯で夕食を済ませ、
酔ったままに通勤電車に紛れ込み帰宅するともうすでに休日を終えていた。
そんな楽しくなのかどうかわからない、自分が唯一知っている街で東京を感じていた。
渋谷が勤務地だったことと、親戚の家が空いていたこともあって、
西永福と浜田山の中間ぐらい、善福寺公園の脇に暮らしたあの頃、
東京とい場所に段々と慣れてきたから、まず井の頭線沿線に行動範囲を広げて、
知らない街にも行けるようになり、まずは下北沢で古着屋、昼ごはんには定食屋、
当時はまだ好んで食べていた、踏み切り脇のたこ焼き屋で買い食いし、
楽しみの幅が広がった頃には、終点吉祥寺までぶらぶらする範囲が広がった。
若者の街だったり、古さと新しさか混在するあの感じが好みになり、
よく遊びに行くようになり大好きな珈琲屋巡りやアメカジの古着屋巡り、
そして、何より一番は公園入口に今でもある串焼き屋て朝昼ごはんに酒を飲み、
ほぼ毎週休みの度に訪れるようになった吉祥寺、ジャズの街として知られた吉祥寺。
1975年創業で昨年50周年を迎えた老舗ジャズクラブで気軽にジャズを楽しんで欲しい、
そういう想いから、昼の部、夜の部に別れていて、珈琲だけでも楽しめる店で、
ひとりでも楽しめるカウンター席ガあり、偶然見つけたその店によく行った。
東京にいることを実感しながら、まだ行ったことのないニューヨークをイメージさせる店内で、
そこにいることに酔いしれ、お通しのポップコーンをつまみに酒とジャズに酔った。
ほほ毎日必ず組まれているライブを楽しみに、カウンター席近くにあった
演者の席に控えているジャズミュージシャンの会話を楽しんだり、時には話をしたり、
そんな時間がとても楽しく、見ず知らずの人と会話をかわすことの楽しさを
ジャズというひとつの共通項だけで話せるあの感じが堪らなく、自分の存在を確かめられた。
つい先日、ほぼ30年ぶりにそのジャズクラブ「SOMETIME」を訪れた。
当時と変わらないままそこにあることが嬉しかったし、昨今の過去の酒場巡りのなかで、
どうしても行っておきたい酒場のひとつで、まだあるうちに是非と思っていたから、
変わらずにまだあって、変わらずにライブが昼夜開催されていることが嬉しかった。
地下に下りる階段から漏れるピアノの音色にわくわくしながら訪れたその日は昼の部で、
予約もせずに(そもそも予約なんかしたことなく‥。)行ってみたら、
大好きだった席は埋まっていたけれど、他の席がまだあり、
ベテランピアニストのソロライブを聴きながら、そのピアノの音色に
フラッシュバックしたかのように、30年も前のことを色々思い出し、
変わらない店の雰囲気と昼のビールが効いてきた自身の気だるさと心地好さに酔いしれ、
とても穏やかで優しい時間を過ごし、あの頃とは全く違う感覚で休日を終えた。
渋谷でも吉祥寺でも色々なところが居場所だったけれど、
今思えば、居場所を求めて探して、街の人混みを避けて逃げていたように思う。
友人知人がいるわけでもないひとりの休日を人混みに紛れながら、
居場所を探して、現実に直面する家を避けて、そこから逃げて街に出て、
本屋、雑貨屋、珈琲屋、ジャズ、串焼き、酒に居場所を求めて、
行き先の見えない東京生活と多忙を極めた仕事とのなかで迷走していたあの頃の、
数少ない今でもある店のひとつ「SOMETIME」がまだあって、
また行けたことが、とてもうれしいけれど、他の場所はほぼなくなった。
これだけ年数が経てば、変化するのは当たり前だし、仕方ないことだけれど、
なくなり過ぎるのも何だか、あの頃の自分もなくなるようで寂しいし切ない。
ようやく馴染んだような気がしていた東京のはじまりの街のひとつの象徴が
またひとつなくなるけれど、これが東京という街で人の暮らしなんだと思っている。
自分はまだもう少し、この大都会にいることを知っているし、
もう嫌でもなく、今はここが良い、そう思えている自分を確かめられた。
令和八年 またひとつなくなるモノとまだあるJAZZと
栗岩稔
