2026/05/26 10:00

「おかえりなさい」「ただいま」そう言い合える酒場が良いと思う。
それが正しいかどうか、酒場にとって正解か否かは知らないけれど、
最近特に、そう思える時間がたくさんあったし、これからもずっと、
月曜日から土曜日、日曜日以外の毎日午後3時の開店から深夜零時の閉店まで、
酒場が開いている時間にたくさん、そういう時間があれば良いと思う。
この五月もたくさんあった。
一年に一度、大型連休にあわせて帰省するたびに、限られた時間を割いて来てくれる、
沖縄在住でもう二十年もの付き合いになる友人女性でと初めて会ったのは銀座の真ん中、
イタリア式酒場のカウンターで隣り合わせて以来ずっと程好い間柄の関係が続き、
今では妻になり母になり、彼女自身の東京の記憶を辿るように人に会うなかで、
最後にここに来るのが夕暮れ前、夕飯に間に合うように帰ることが出来る時間をここで、
語らいながら過ごし、家族の待つ家に帰っていく、これも「おかえりなさい」と「ただいま」
七年前に東京から大阪に転勤、それを惜しむ会をかつてあった小さな酒場で、
三十人を集めてお別れをした彼がその後の東京出張の度に自分がその時にいた酒場に
顔を出してくれて、新幹線の時刻ギリギリでも「おかえりなさい」の時間を過ごし、
この春に東京に戻り週に何度か顔を出してくれる嬉しい再会を果たした「おかえりなさい」
先日も、今では出張になった大阪の帰りにそのまま立ち寄り「ただいま」と言い、
もちろんこちらも「おかえりなさい」で返して始まるいつもの語らいの時間。
いつが「おかえりなさい」「ただいま」なのかわからなくなったけれど、とても良い時間。
幼馴染みの四十代男性がここで待ち合わせてはじまりの酒と再会を喜び、
会食後の「ただいま」に「おかえりなさい」と、とことんの語り合いの良い時間。
この国に住む人に限らず、外国人観光客でも度々起きる「おかえりなさい」の時間。
アメリカから初めて来た日本に感動しながら、ひとりこの酒場で食前酒を楽しみ、
帰り際の「See you again」が同じ日の深夜に訪れる「Welcome back」の時間。
雪山シーズンには必ず立ち寄るシンガポールの女性もこの春最後の雪山に家族総出で再来、
そして、五月に来日した友人に紹介して酒場に訪れる「Welcome back」の時間。
先月来店のイギリス人夫妻に紹介されて訪れた部下の女性の「Welcome back」の時間。
どれもこれも「See you again」と「Welcome back」のカタチを変えたうれしい時間。
三十年近く前の潮風が流れ込む酒場の閉店間際、東京からの最終電車が到着してほどなく、
背が高過ぎて背中を丸めた様子で初めて見る顔に少し緊張しながらはじまり、
江ノ電はとうに終電車が終わったその時間に稲村ヶ崎まで歩く前に一杯という彼は、
タンカレートニックとタンカレーロックをビンクジンスタイルで飲み干して、
その日以来ずっと、五年前まであった小さな酒場にも今この酒場にも突然現れて、
いつものようにタンカレーを二杯の時間の途切れ途切れの「おかえりなさい」の時間。
お互いに還暦を感じる、つい先日もまた突然現れ、近くまで来たからと、
今は転居して住んでいないはずの鎌倉の銘菓を持ち、懐かしさも運んでくれた、
いつものように変わらずはじまる、タンカレーとパット・メセニーとジャズの時間。
三十年も変わることのないリズムと語り口の静かな「おかえりなさい」の時間。
アジア駐在になって二年になる男性が急遽の来日と会食前の三十分だけの「おかえりなさい」
他にもたくさんたくさん‥、週に一度必ず、二ヶ月に一度の火曜日午後六時、
最近はひとり旅が趣味となり息抜きとなり、旅を促した張本人に報告の土曜日夕暮れ、
などなど、たくさんでいつもの「ただいま」と「おかえりなさい」
そんな酒場にいられることがうれしいし、未だに現場で出迎えたり再会出来たり、
そんなことが起きる酒場にいさせてもらえることがありがたい。
若い頃には寛容でなかったから特に、今は何があってもゆったり構えてその時間を待ちたい、
今こういう立場になれたことが不思議に思うことがあるけれど、
たくさんの人が訪ねてきてくれている事実があることを信じて、励みにして、
自分を律して崩れることのないように、人に町に酒場にやさしい人でいたいと思っている。
営業すると決めている日には必ず絶対に遅れることのないように準備して待つ、
そんな酒場を心がけながら、どこまで出来るかわからないけれど、
心身を保っていくことが出来る限りは必ずここにいたいと思っている。
この酒場にいる自分だけでなく、もっと違う何かを人は求めているのだろうと思う。
それが室温だったり気配だったりするし、もちろん酒は美味しくて当たり前、
いつもそう思っているけれど、やはり自分にとって重要なもののひとつに音楽がある。
それは、ジャズやクラシックに限らず、民謡だったり昭和歌謡だったりすることもある。
音楽が会話にもなりうると考えているから、その感性も鈍ることなくより鍛え上げて、
現状に満足しないように、良い音を求めていきたいとも考えているし、最近はそれも楽しい。
そんな「おかえりなさい」と「ただいま」を創出することが出来る時間が待ち遠しいし、
どんな時間が待ち受けているか楽しみにしている自分がいることにも気付く。
そんな自分にとっての「おかえりなさい」と「ただいま」も色々あるけれど、
やはり一番記憶に残っているのは地元の町の小さなスナック「好」
そこに行くと、そこには必ずママがいて、呼び捨てで呼ばれたり、「さん」かついたり、
けれども、そこにはいつも「おかえり」があって、実の親にはない何か、
スナックのママではなく、かあちゃんのような存在だったことが今になってもそう思う。
そこで酒を飲んでいたことで、年上の女性に可愛がられたり、おちょくられたり、
年長者の常連さんにご馳走になったりと、だいぶ意気がりながら、生き方に迷いながら
夜に迷い込んだ当時の自分を迎え入れてくれた「ただいま」の時間。
家にはない、帰ってきたような感覚が堪らなく恋しくなって寂しくなって
情けないほどに足が向いていたあの頃の自分を思い出して懐かしんでいる。
けれど、同世代はひとりもいない環境での経験があったからこその今だろうと思うし、
学力とか知識とか行いで判断されることなく、その存在だけを認めてくれて、
叱られて、誉められて、煽てられていた社会のなかの居場所だった「おかえり」の時間。
あの頃は恥ずかしくて「ただいま」なんて決して言えなかった「ただいま」の酒場。
今だったら絶対に言えるけれど、もう店はないし、ママの居場所も連絡先も生死も知らない。
夜の町を生きてきた「かあちゃん」の言葉のひとつひとつが、うざったく思ったり、
そうでなく受け止めたりもしたけれど、大切な言葉はとてもよく覚えている。
赤を基調とした柔らかく、音漏れ防止の壁に平行したカウンターに十席ほどで、
人との距離が近く、タバコの煙と人の吐息が入り交じった夜の憩いの景色が懐かしく、
かあちゃんの得意料理のなかでも特にお通しの定番だったポテトサラダが懐かしい。
ほろ苦くて懐かしい、遠く離れて四十年も前の「おかえり」と「ただいま」の時間。
令和八年 「おかえりなさい」と「ただいま」の酒場で
栗岩稔
