2026/04/28 10:00


野球は「流れ」のスポーツだと言っていた。
レギュラーになれないままに野球を真剣に続けていたから興味深く聴いた。
NPBでもMLBでも高校野球でも、ひとつのプレーで流れが変わって大逆転、
そんな場面を観たことがあるから確かにそうだと思ったし、
コミュニケーションスポーツと言われるサッカーとは大きな違いがあることも知った。
淡々と進んでいるようにも感じられる2時間ほどの試合のなかで、
ほんの一瞬で何がが沸き上がってくるような動きを画面のなかにも感じたこともあるけれど、
残念ながら野球をしていた中学3年間はそんなことを少しも感じることが出来ず、
挫折ばかりで終えて、高校時代は弓道に励んでいたから知ることもなく終わった。
その弓道は違った流れで静かに自分の内面の流れを感じたり戦いだったりするから、
精神修行も兼ねて今でも弓道は出来るし、実際にコロナ禍までは時折通っていたけれど、
あの空白のような長いような短いような3年間でその「流れ」は途絶えた。
スポーツ、武道の流れを感じることが出来なくても自分の生活のなかの「流れ」は、
今ここで預かって日々、ほぼ1日を過ごしている酒場では毎日感じることが出来る。

先週、この酒場の2年半で初めて2日の臨時休業をいただいたその時に「流れ」を感じた。
一週間のなかでも一番盛り上がりを迎える金曜日と始まりを作る月曜日に休んだ。
その間の土曜日は営業して日曜日は定休日で休業、火曜日からが通常営業だった。
金曜は早朝から私用で東京を離れ、土曜の朝に帰京して酒場に向かい、
扉を開けたその時に「流れ」が止まっている酒場を感じて、途切れた、と思った。
私的な理由で致し方ないことだから仕方ないとしても流れを止めてしまったことを悔やんだし、
「あー、止めちゃった‥。」と寂しく残念な気持ちを全身で感じた瞬間だった。
土曜日だけでもいつもと同じ日でいたいと望んでいた酒場がいつもと違って
止まってしまっていることを痛感しながら酒場の営業を終えたけれど、
ありがたいことに長年の馴染みの顔が揃ったことが嬉しかったし、とても救われた。
いつもと違う一週間を終えた翌日からの2日間を自分の意思と全く違う、
忙しない流れのままに終えた火曜日の朝に帰京して酒場に戻り、
飛び飛びの営業ではなく、1日短い一週間のはじまりを作る、作ることが出来る
そんなことに期待しながら心配しながら扉を開けたその酒場はいつものはじまりの、
優しい空気が流れていて休息を終えた酒場の気配を感じることが出来たし、
街の風を感じるために大きな窓を開けると、より一層新鮮な空気が流れ込み、
良い流れのはじまりを感じながら、今日は大丈夫、問題ないと信じながら、
始めることが出来た火曜日は、たくさんの人の気が流れる酒場を終えた。

個人的な感情は引きずることなく、酒場に持ち込まず、家に封印して「流れ」を楽しみ、
新しい一週間を始められたことに安心しながら、それまでの4日間を思い返してみると、
やっぱり酒場は「流れ」が大切で定めた営業や時間は極力変えずに常に開いていて、
酒場のカウンターを預かる人間の個人的な想いや感情は抑えて「流れ」を作る役目、
そう考え実行してきた25年間の想いをその間に改めて実感して間違っていなかったと思えた。
野球選手がグランドに出たらどこが痛い痒いなど言ってはいけないという感じだと思うし、
その人間が酒場と一体化したものであるべきだと思っているし、
そこに幾分かの個性があればそれで良いし、自己主張が強過ぎることなく、
酒場の「流れ」のなかであるべきだと改めて強くそう思えた。
だからなおのこと更に歳を重ねた今、より一層の体調管理や自己管理をしなければいけないし、
日々自分と向き合い、少しでも進化して退化老化を避けられない自分でも
まだまだ出来るはずだと思えた、とても私的な臨時休業になったし、
これまでの公私共々の「流れ」も変える週末の数日間になった日々を過ぎて、
迷惑をかけた自分への戒めを含めたこの25年間のなかでの突破の臨時休業の備忘録。

鎌倉の酒場では原因不明の発熱と開口障害からくる摂食不良で一週間の入院と休業。
銀座の酒場では組織内のやり切れない事案と心理的要因からの営業時間内での途中閉店。
自身の木挽町の酒場では、原因不明の高熱で2日、水道設備の不良でやむを得ない1日。
計25年間で11日も休んでいる定休日以外の突発の臨時休業。

鎌倉で知ったお店の物語。
地元で有名なバーの営業していた35年間という長い長い歴史のなかで休んだ日はたったの2日。
その理由はママが家族同様に大切にしていた愛犬が亡くなったということから。
その2日以外はずっとそこにいて店を開けて、そこにいたママに学んだことは数多く、
なかでもブルドックというシンプルなカクテルは抜群の美味しさで、
その秘策を知るべく通い知ることが出来たそのブルドックは今でも自分のモノとして、
継承しているし伝え続けていく役目だと自負し、35年の歴史に幕を下ろしたと聞いた、
その時はすでに東京、銀座木挽町の自身の酒場で伝えていたバー「ファミリエ」のブルドック。
たったの2日なんてとんでもないことだと思うし、とても尊敬に値することだと思う。
自分には到底真似出来ないけれど、見習うべきことはあると心の底から思いながらいた、
自身の酒場は10年間の短い歴史のなかで定休日があったにもかかわらず3日も休んだ。

新宿と銀座の酒場の物語。
ここ数年はご無沙汰してしまっているけれど、35年も通っている銀座8丁目の酒場。
当時は新宿と銀座にあったその店は年末年始以外年中無休の営業スタイルを守っている。
45年にもなって今でも銀座で歴史を刻んでいて、それを守る人も変わらずそこにいる。
今でも変わらないそのスタイルに感服するしかない自分のはじまりの酒場。
その修行を始めた頃に尊敬する新宿のマスターが言っていた。
「栗ちゃんね、バーっていうのはね、営業日や時間を決めたら絶対に
その通りに開いていなきゃいけないんですよ。だって来てみたら閉まっていたなんて、
寂しいし、お客さんに嘘をついていることにもなるんですよ。」と。
それ以来忘れることなくきたけれど、今日現在で11日、11回も裏切ったことになる。
そんなことを痛感しながらも、こういうことを再認識することも出来たし、
心を入れ直してまたこれから「流れ」を作っていきたいと思えたこの一週間の「流れ」
気付いたら穀雨の頃を迎えていた雨のある夜、雨はやっぱり足を止めたり、
帰りを早めたり酒場に留めたりと色々な流れがあると感じている。
昔から言われる水商売とはよく言ったものだと思いながら大きな窓を流れる雨水を見た。

水は高いところから低いところにしか流れない、けれど何か大きな力が働けば、
逆流したり、横殴りの雨だったり、波が川を遡ったりもするから、一概に身を任せることなく、
酒場に限っては、自らが流れを作ることが出来るとも思えたりもする。
それが自分自身だけでなく、音楽だったりすることもあるから面白いし、楽しめる。
SOUL、R&Bで盛り上がったり、ビアノ曲やハスキーボイスのジャズボーカルで鎮めたり、
言葉が通じなくても会話が出来るもののひとつが音楽であることも知っている。
言葉なくとも作る酒と流す音楽て伝わるメッセージがあることも知ることが出来た。

酒場は人、モノ、酒、音が揃った生き物のようなものだとも思っている。
新しい酒場の歴史がはじまって、生命力が宿ることも知っている。
だから、酒場には「流れ」があるし、それを作るのは間違いなく人。
そんなことも改めて経験出来たこの一週間を終えて立夏を前にした今は
窓を開けると風が流れ自然の風でまだ済ませられる心地好い季節になった。

もうずっと前に思えるセンバツの決勝戦を選手たちが語る番組を観た。
そこにもやっぱり「流れ」があって、時間も何もかもがあっという間に「流れ」る、
そう思いながら、ほんの少しだけ時間を作って自分の「流れ」を止めた。
少しだけの安息を求めて自ら少しだけ止めた。

令和八年 「川の流れのように」を聴きたい今に
栗岩稔