2026/04/07 10:00

あす4月8日は花まつり、御堂を花で飾りお釈迦様の誕生日を祝う潅仏会と言われる日。
12月25日よりもニッポン人に合う気がするけれど、商売にはならないようで盛り上がらない。
まあでも、そんなことより、更にどうでもよい私の10代の終わりの音楽について徒然と。
テレビドラマ全盛のあの頃に流行った「男女7人夏物語」とそれに続く「男女7人秋物語」
結構なお気に入りで観ていたドラマのなかで象徴的なカフェバーのシーンでは
必ずと言っていいほどに使用されていて世間でも流行っていたシャカタクの音楽。
東京ってこんなんなんだなー、と都会の暮らしに憧れのように観ていたドラマと一緒に、
まさかのその数年後に上京して東京に暮らすなんて思いもしなかった頃の思い出の楽曲。
音楽だけでも聴きながら、シャカタクのシャカってお釈迦様に関係あるのかな、
日本贔屓だったりしてなどと、どうでもよいことを思いながら、山道を運転する時や
小さな町のネオン街を歩く時の自分だけのBGMとして感じられるカッコいい音楽だった。
当時の時代を象徴するようなシャカタクは1980年結成のイギリスのフュージョンバンドで、
今でも精力的に世界的なライブ活動をしていて、つい数年前も新作アルバムを発表するなど、
変わらないメンバーの生み出す音楽は相変わらずカッコいいし、決して古臭い感じもなく、
今の時代に十分フィットする彼ら独自の流れるようなメロディアスなサウンドは健在で、
アーバンメロウな感じをまといながら輝きを放っているように感じている。
結成してそろそろ50年を迎えようとしている彼らが変わらずに、というより進化しながら、
彼らのカタチであり続けていることがカッコいいと思うし、なんだかうれしくも思っている。
今もまた改めて彼らのサウンドを聴きながら、当時調べることもなかった名前の由来を調べてみた。
もちろん当時考えた、お釈迦様には縁もゆかりもなく、彼らがまだメジャーデビューする前、
彼らのレコードをレコード店「Shack Record」が通信販売で広めてくれたことに
感謝の気持ちを込めて「Shack+Attack」で「Shakatak」になった、そのことに、
ますます彼らのことが好きになったし、アメリカ由来ではないイギリス発の
フュージョンサウンドが良いと思うし、これからもずっと聴き続けたいと思えた、
東京銀座木挽町の街角でお釈迦様の誕生日を迎えようとしている酒場の春の夜にもうひとつ、
同時代のイギリスのバンドで1979年結成のジャズファンク、アシッドジャズバンドの
「インコグニート」は同じように世界的にライブ活動をしていて、今年は来日もある彼らは
結成時の中心人物ブルーイを核に常に新しい音を取り入れながら、グルーブ感のあるサウンドを
時代時代のミュージシャンとともに発信し続けているし、昨年発表の新作アルバムも良いし、
今の時代にかえって新鮮なサウンドだし、最近よく聴いている楽曲のひとつになっている。
彼らの名前の由来も調べてみたところ、イタリア語由来の「身分を伏せる」とか「匿名で」
その意味からきているとのことに、何様でもない「インコグニート」であり続ける
その彼らのスタイルがシャカタク同様に魅力的なことのひとつだということも知った。
双方ともに、50年近くの間を第一線の現場で活動していることがとてもカッコいいと思うし、
とんでもないことだとも思うし、見習うべきことであるとも思っている。
そうあり続けるための管理と進化で、変わらないスタイルを保つためにしていることが
とても参考になるし、自分も未だに現場で、もしかしたら死ぬまで現場で
第一線かどうかは別にして、あり続けるために自分に向き合って精進して、感謝しながらいきたい。
そんなことを都会にお似合いの音楽を酒場で聴きながらふと思い、
お釈迦様の誕生日を迎えようとしている都会の片隅で感じている今日この頃、
千年近く続く花まつりの行事とは裏腹に、変わり続ける街をそこかしこにひしひしと感じている。
特に自分の暮らす狭い行動範囲でも「3月末をもちまして云々」の貼り紙や気づいたら更地とか、
世界の混沌とした情勢のなかでのこの辺りでたくさん目に飛び込んでくるようになった。
ここ数年は特にこの街の何度目かわからないほどの変化と変貌の時期になってきたように思う。
江戸幕府最期の将軍徳川慶喜がその文字を書いた今の日本橋から始まった東京市。
明治の文明開化と西洋化した街を一瞬で破壊し尽くした関東大震災から復興、
そして、そのわずか45年後に今度は人災といえる太平洋戦争末期に空襲と火災で破壊、
そこからの復興再興とそれまでは震災、人災と必要に駆られた変化変貌だったけれど、
今この変化変貌は何か違って、そのまでも何も問題ないと思うモノもなくなったり予定だったり、
不安定な情勢から立ち行かなくなった商いの理由からの閉店とか家賃が上がるからとか、
新たな街作りをしますとか、なんだかその理由がだいぶ変わったし、それが東京なんだと感じる。
上京した頃に自分なりの東京の音を求めて頑張って通った銀座のジャズクラブは6月末、
新宿でビルの解体のために65年の歴史に6月末で幕を下ろし、渋谷では50年の歴史を9月末に終わる。
これもまた音楽の聴き方や感じ方の違いといえばそれまでだけれど、淋しさは当然感じる。
これもまた時代の流れとひと言でまとめてしまうには悔しさもあるし心苦しくもある。
けれど、これまでの東京はトウキョウ、TOKYOに変わっていく大きな転換期なものとも思う。
そういう自分も40才での集大成として、それまで感じてきたトウキョウの酒、人、モノ、コト、音を
自分なりに体現した酒場をすでに5年前に終えていて、その場所は大きな空き地になって、
何があったのかは誰も知る由もなく、独特な気配を漂わせながら都会の隙間のようにそこにある。
そんな光景を毎日目にしながら、今は同じ路地裏で酒場を預けてもらってそこにいる。
第一線にいさせてもらていることが、とてもありがたいと常々感じているけれど、
この今に胡座をかいているようなことはなく、シャカタクやインコグニートのように、
変わらないスタイルだけれど進化し続けている彼らのように時代にあわせて、
今のカタチを保ちながら、日々進化、精進しながら生きていけたら良いと思うし、
自分にとってのトウキョウが時代にあわせて、カタチを変えて進化し続けるのが東京で、
そうするためにモノやコトがなくなるのも東京で、そうしてまた、たくさんのモノやコトが集まり、
人とカネが集まり、拡大し続けていくのが東京で、その忙しない動きのなかで、
走り続け、リタイヤすることのないように自分の速度で走っていけたらそれで良いと思う。
ただ、今幸いなことに、ここ東京にいるおかげで地方の町や島に関わりが出来ている。
こんなこともまた、東京にいるからだと思うし、これもまた自分のトウキョウなんだと思っている。
その自分にとってのトウキョウの中心には音楽があって、それがきっかけでつながりも出来ている。
だから、酒、人、モノ、コト、音という自分の根源にあるスタイルやそのカタチが、
ピンで始めたあの時から今でもまだ、もう少し通用するように感じているし、
通用する限りはまだ、このままイケるように感じられるし、今そう感じて思えるのは、
東京が自分にとってのトウキョウ、ギンザだったからだと思えるし、今もまだここにいる。
シャカタクを聴きながら都会に暮らすことに憧れだったり、諦めだったりを
地方の小さな町で感じたあの頃が今は懐かしく思い出されるけれど、
どこか自分の知らないところで、上京したいと思っていたのもしれないと思う。
きっと、怖くて勇気がなくて、言葉にすることもなく行動もせずに逃げていたのだと思う。
けれど、風に吹かれるように流れにまかせて上京して暮らし始めた初夏のあの日を経て、
またあっという間に暑くなる前の花いっぱいの街で今年もまた花まつりの日に、
感謝しながら、今もこれからもまだ、もう少しだけ生きていけると思える。
シャカタクのシャカとお釈迦様には関連ないとも思えない自分だけの想いをもちながら、
どこもかしこも、すべてのことにありがたいと思える、相変わらずの散文、雑文、乱文、独り言。
令和八年 シャカタク、インコグニート、オシャカサマ
栗岩稔
