2026/03/03 10:00

またまた映画の話。
ベトナム戦争後の虚脱感に包まれている頃のアメリカンニューシネマと言われる、
1974年公開の映画「ハリーとトント」を観た。
その内容は現役から退いた元教師ハリーと長年共に暮らす猫トントの旅物語。
その二人が暮らす集合住宅が再開発のための取り壊し、強制退去となり、
追いやられるように長男の家に居候することになるところからはじまっていく、
大好きなロードムービーのジャンルの作品で描かれるのは当時のアメリカの、
人種差別と分断、居場所を失う高齢者の姿、便利になり続ける社会とその現実、
新興宗教、親子関係などが盛り込まれていて、2時間ほどがあっという間に過ぎた。
なかでもハリーの3人の子供たち、ニューヨーク郊外に暮らす長男、
シカゴで独立系書店を営む長女、ラスベガスで不動産業に苦しむ次男と全土に暮らし、
初めは長男のもとでは長男の嫁と男の子兄弟2人が暮らす住居には居場所がなく、
慣れ親しんだ街での独居を決心するものの、二人の住まいは見つからす、
頼るわけではないけれど、仲違いしている長女のもとを訪ねようと決めて
恐怖心を我慢しながら選ぶ便利な航路では、貨物扱いの猫トントとの同乗が叶わす、
長距離バスの旅に変更したものの、そこでもまた、乗車を拒否され降りることになり、
車社会のアメリカのロードサイドの中古車販売店で無免許ながら購入することにする。
そこからはじまる、家族以外、他人との出会いと交流に助けられながら旅を続ける。
コロラド州ボルダーのコミューンに向かう若者、物品販売を生業にするセールスマン、
ラスベガスの留置場で同室したネイティブアメリカンの男性などとの出会いを淡々と、
だけれど当時のアメリカそのものを描き、じんわりと胸に染み入る良い作品だと思う。
その結末については、観てもらうことにして、いくつかの好きな映画作品を思い出した。
長らく仲違いして、遠く離れて暮らしていた高齢の兄が病に倒れたと知らされ、
弟が500kmもの道のりを唯一の彼の交通手段、小さな農業用トラクターで、
最後の旅に出る実話をもとにデイビッド・リンチが監督した「ストレイトストーリー」や、
1950年代半ばに公開された小津安二郎監督「東京物語」については、
子供たちを訪ねて尾道から東京に向かう高齢夫婦の心情を描いた内容が
特に設定が似通っているから、どこかで影響受けているのかなとか思ってみたり、
そんなことも考えながら「ハリーとトント」を観終わった。
「東京物語」については毎年お盆の時期になると必ず観て涙したりするけれど、
こんなに高齢者を描いた作品を観て胸に響くようになるとは思ってもみなかった。
若い頃には、そんなものなのかな歳を取るって、ぐらいに違う視点で観ていたけれど、
最近はその心の揺らぎのような内容に引き込まれるようになってきている。
変わらずロードムービーは好きだけれど、若い頃には一番だった「パリ・テキサス」は、
今では全く違う見方になってダメな男が弟や別れた家族を悲しませる旅物語だなとか、
ロードサイドムービー的な「バグダッドカフェ」を好きな自分がイケてる、
みたいに思って観ていたけれど、よくよく観直すと、アメリカの地方都市の
閉鎖的な暮らしや偏った宗教観だったりの異なった面白さで、
どちらも人生の10本に入るか否かはわからなくなっていることにも気づかされる。
そんなこんなでお次は音楽の話。
ドキュメンタリー番組で津軽三味線の名人高橋竹山の最後の舞台までの映像を観た。
高橋竹山は以前からよく聴いていたしアルバムも持っていたけれど、
その生い立ちや人生を知ることはなく、ただ音楽の良さだけで聴いていた。
幼い頃に視力を失った高橋竹山は、生きる糧として三味線を手に演奏しながら村々を回り、
小銭を稼いで生きてきたなかで、後の師匠となる人物に出会い、
技術はもとより生き様までもに目覚め、生涯現役を貫き舞台の上で生きてきた。
かといって津軽の伝統にこだわることなく、国内外問わずに色々な音楽を取り入れ、
自身の演奏方法を確立し、人前で直接自分の音を伝えることを心情として生き抜いた。
病に犯されながらも90歳近くまで現役で舞台に上がるその姿にひどく感銘を受けた。
何気なくポツリポツリと津軽弁で語る一語一語のなかには特に感動すら覚えた。
歳を取ってもその時の一番の自分の音を人に届けることが生きる糧で、
富とか名声とかではなく、生かしてもらった自分の三味線の音を聴いてもらいたい、
ただその一心だったのだろうと思えたし、自身の最期を悟った時に
竹山の名を継承することを決心した彼が選んだのは、副業をして暮らすことなく、
三味線だけを生業としている東京在住の女性で、もちろん反対意見もありながら、
襲名の舞台でひと言「竹山の音を聴いてください。」と言いながら、
二人で並び演じたその姿は心に響いたし、自分には何か継承するべものや
技術があるわけではないけれど、その生き様と死に様に痛く共感した。
音楽の好みも映画のように若い頃から全般に好きで聴いてきたけれど、
その内容とともに、音だけが良いとか悪いとかではなくその音が
地域や生まれた背景にも興味を持つことが出来るようになってきたから、
世界各国に伝わる、日本の民謡のような音楽にも興味深く聴くようになった。
今となっては故郷にある民謡までも聴くようになった自分にも驚いている。
生きて暮らしていること全てについて、歳を取ったと思う。
特にこの仕事を長く現場でしていると、30年も前からの知人が訪ねてきてくれたりする、
そんなことに年月を重ねたことを実感しながら、とてもうれしく、ありがたい。
今でも現役でいられることに喜んだり、不安を感じたりと色々な想いが入り交じりながら、
過去を振り返って、あの頃が良かった悪かったとか、どうのこうのではなく、
今こうして生きていられることがとてもありがたく、うれしく思っている。
あと僅かで還暦を迎える今、この日々を生きながら、歳を取った自分と向き合っている、
けれど、そういうことに何だか安心している自分もここにいる。
令和八年 誰が言ったか「人生は旅」を想う春に
栗岩稔
