2026/02/24 10:00

最近笑っていないな、といつもの順路で木挽町に向かいながらそう思った。
澄みきった蒼い空の下を急ぎ足で、道行く人を追い抜きながらもそう思った。
つまらないとか、気分が優れないとかではなく、日々楽しく過ごし、
一日を無事に終えることが出来ているのだげれど、笑っていないことに気づいた。
人の会話や物事にうれしいことや楽しいことがたくさんあるし、
そんな小さなことに感謝しながら生きているけれど、そう感じた。
極々私的な生活、つい先日も朝起きてスマホがないことに気付き慌てて、
前夜に立ち寄ったコンビニやいつもの順路を辿って店まで戻ってみても、
どこにもないことにだいぶ焦り、鳴ることのない電話だから問題ないけれど、
そもそも他のことに必要だし、電話機能以上に重要なことがあるのだから大変だと、
まだ数時間もあるドコモショップの開店時間を確かめに行ってみたりしながら、
ほぼうなだれながら、たどり着いた自宅マンションの目の前で、
前夜に深夜ラジオ便を聴きながらベッドに入ったことにふと気付き、
すぐ寝落ちすることを知りながらそんなことをした自分に呆れたり、
情けなく思いながら、部屋のベッドで誰かが一晩話し続けているスマホを見つけ、
全身の力が抜けながら、自分自身を苦笑、失笑するしかない早朝を迎えたりと、
そういう笑いはあるけれど、心底笑うということがなくなって久しいことに気づいた。
そもそも笑うことを意識したのは映画を観たことがきっかけだったと思う。
2001年公開の映画「A.I.」スタンリー・キューブリック監督の構想をもとに、
スティーブン・スピルバーグ監督が映画化したこの作品は、
温暖化した地球の平均温度が上がり、極地の氷が溶けて海水面が上昇し、
海に面した地域がすべて水没して、限られた地域にしか住むことか出来なくなり、
その地域に暮らす人類に格差や貧富の差が生まれ、豊かな人々は将来のために
人口抑制をするための出産制限をした結果、不足する労働人口の補填のための
役割別にAIロボットが開発され、共存かどうか定かではない地球の話。
それぞれに生きる地域があって営まれていくなかで、次世代のためのロボットとして、
「愛する」ことをシステムに取り込まれ開発された「デイビッド」
子供型のそれを開発会社がモニターするために選抜された夫婦、
難病で冷凍睡眠状態の実の子を持つ彼らが選ばれもの、愛することが出来なくなると、
「返品、廃棄」される運命のデイビッドの3「人」の生活のなかで心を通わせた場面、
食事中の夫婦と食卓だけ空の皿を目の前に置いたデイビッドが、
パスタが口から垂れ下がっていることに突然、不自然に大笑いし、
それにつられて吹き出すほとに笑いだした夫婦との「愛される」生活が始まる。
しかし、限られた人々しか受けられない高度先端医療のおかげで
実の子供の病状が回復し、「兄弟」が増えたデイビッドは次第に「子供」でなくなる。
その食卓の場面を観ていて、大笑いはもとより笑っていないことに気づいた。
作り笑いはしないにしても、心の底から自然に沸き上がる笑いはなくなっていた。
映画自体は、スクラップ置き場に集まる部品探しのロボットを狙い、
それを回収する業者が、スタジアムに運び、大砲から発射して壊したり、
火のなかに打ち込んだりするそれに熱狂する観客を不要論者が煽り捲し立て、
ますます分断が進むという、現代社会を表し未来を予感させるような場面では、
家から放り出され、迷いこんだ森のなかで回収された引っ張り出されたデイビッドが、
命乞いをしている様子に観衆が心を動かされ、怒りの矛先が業者に向かい、
混乱のなかをデイビッドとロボットジゴロ、ジョーが逃げ出し、
また旅に出た彼が探し求めるのは、母親が読み聞かせてくれたおとぎ話、
ピノキオのなかで、ピノキオを本物の人間に変えたブルーフェアリーで、
おとぎ話を実話と信じるデイビッドはロボット社会の相談役で、
コンピューター制御されたドクター・ノウに教えられた水のなかの街を目指し、
深い海の底にあった、かつての遊園地のピノキオのアトラクションのブルーフェアリー、
開発者に仕込まれ導かれたデイビッドはその場で待ち続け、2000年の月日が流れる。
氷の世界となった時代の地球の生命体に発見されたデイビッドは、
人間社会の唯一の記憶媒体で、手厚く保護され、ほんの少しだけ持っていた、
母親の毛髪をもとに生き還らせ、たった一日だけ本物の子供として時を過ごし、
母親がまた永遠の眠りに入るまで穏やかに微笑み、彼はその先も生き続けるという、
決してハッピーエンドではなく終えたその物陰を最後までじっくり観終えた。
その数日後、とても良いお別れとなった、人生で初めて葬儀ミサに参加した。
もちろん涙する人はたくさんいたけれど、穏やかな笑みで送り出す人々がたくさんいた。
特に友人の弔辞、それこそ映画でよく観るクライマックスのような時には、
自らも泣き笑いで、旅立つ友人に送る言葉がとても優しく心に響いた。
その日の神父の言葉や聖書の言葉、遺族の言葉がたくさん教会に溢れ、
泣いたり笑ったり、身体のなかから涌き出る感情に身を任せる時が流れ、
とても清々しく、出棺する故人を見送り、懐かしい青空の下を帰路に着いた。
たくさんの人で溢れかえる駅前からホームに向けて一歩ずつ確かめるように、
焦り慌てることなく歩みを進める自分に気付き、この街に暮らしていた頃、
上京すると知人に歩く速さがあの街らしいとよく言われていたことを思い返し、
忘れていた歩く速度を考え直し、海辺に暮らすほとんどの人が自分も含めて、
日常がビーチサンダルで、余所行きと普段履き、色別に持っていたことを懐かしく、
今は革靴を履く自分が海風を浴びながら東京に帰るホームに立っていた。
令和八年 人生泣き笑いに気づかされた蒼い空に
栗岩稔
