2026/02/03 10:00

プロ野球の全チームがキャンプに入って球春到来、きょうは節分、あすは立春。
何となくだけれど、少しだけ春を感じる時節になったし、自分にとっての節目、
二十四節季を規範にして暮らすことを心情としているとあすが一年のはじまり。
そんなある日の昼、長年常日頃お世話になっている男性とお互いで呼応したかのように、
予定をあわせて、とても美味しい昼食と心地好いサービスの良い時間を過ごすべく、
案内された席はその方の立場を感じさせるような一番良いと思われる場所で、
そのロケーション、東京タワーを真横から見ることが出来て、東京湾まで見渡せる、
そんな、見るというより拝みたくなるような眺望に驚かされ、堪らず立ち上がって写真に収めた。
東京に暮らし35年度々訪ねて下から見上げたり、タワーの中から見下ろしたりと、
そんなことはあったけれど、真横から見ることで、今は死語の「お上りさん」で、
感動しながら、その食事と語らいの良い時間を存分に楽しみ堪能させていただいた。
青い空に映える赤と白のコントラストのタワーの下には増上寺に並んで御成門、
その隣には小中学校があり、校庭では小学生が体育の授業らしく走り回る、
けれどどこか何か不思議な感覚、下から天井までの大きなガラス窓はもちろん開かないし、
店内には耳馴染みのあるクラシックなジャズのナンバーが静かに流れ、
少しずつ増えてきた人々の話し声と相まって心地好い音空間に外の音は一切聞こえない、
当然といえば当然だけれど、外と内の離脱感のような浮遊感に襲われていた。
あまりにも青い空と高く澄みきって遠くまで、川崎の工業地帯まで見通せるけれど、
外の世界とは全く別の異国のようにも感じたし、人や車が動いているのだけれど…、
とにかく不思議な感覚のなかで、ふと2001年公開のアニメーション映画、
原作は手塚治虫、大友克洋脚本、りんたろう監督の「メトロポリス」を思い出した。
地上と地下で分断された巨大都市の人造人間ティマが都市全体をコントロールする頭脳、
今で言う生成AIで覚醒し、人間と人造人間の分断と対立を生み出し、
そこに暮らし生きている人間とロボットの未来を左右していくという物語で、
この作品の原作となる同名の漫画を1949年に発表した手塚治虫先生の先見性というか、
タイムマシンでもあったんじゃないか、とも思われる設定と内容だし、
戦後間もないまだ混乱の復興段階の日本と世界の80年前の世の中ですでに、
まだそこまでは進化していないけれど、すぐそこまで来ている気配を今この世に感じる。
映画のなかでは階層が上下に別れて暮らしていたけれど、見下ろせる街を見て感じた。
決して見下しているわけではなく、どちらかというと自分はあっちにいたい、
けれど近未来のTOKYOを見たような感覚、中心から円心状に広がる階層、格差社会だと、
つい先日、新築マンションの平均価格が1億4千万を超えたと発表されていたし、
たくさんの人が流れ込んで働き、暮らし、生きているこの街に、
住まいを持って生活を送れる人とそうでない人、けれど来なければいけない人、
まさに、かつて学んだドーナツ化現象のようだし、昼前と夜間で人口が極端に違う街、
もちろん、リモートワークやライフスタイルそのものが変わって来ているから、
それぞれ、なんだろうけれど、この先どうなっていくんだろうと強く思う、
この街というよりもニッポンは?と漠然とした不安を今まで以上に感じる時間になった。
もうはじまっている衆議院議員選挙でも、この国のために、日本人のためにとか、
言葉を並べているけれど、この国はもとより世界情勢もそうだし、そのなかの日本、
その立場とか立ち位置とか関係構築もどうなっていくんだろうかと思いながらも、
いくら言葉を聴いていてもぼんやりとしていて、何か強く伝わることがない。
そんな言葉も何も感じない、100mも超えるビルの窓から眺めた景色に
東京タワーがなければ一体どこなんだろう、そう思えたし、
この場に来るまでも無機質な首都高速を、看板がなければどこかわからず走り、
どこかわからない同じようなビルの高級レジデンスとブティックの地下に潜り、
グルグルと回って停車をしてエレベーターで運ばれるまで人間には会わず、
乗り換えた時にすれ違った人間に少しホッとしてまた運ばれて最上階の目的地に到着した、
その先に絵に描いたようなCGのような素晴らしい景色に迎えられるという、
それまでの無機質な世界、けれど見覚えのあるようなコンクリートの世界の不思議な時間、
けれど、その後はうれしい、素晴らしい時間であったことは間違いないのだけれど、
映画のメトロポリスの世界のように、どこか知らない起点で支配された世界なのかも、
などと、この先の日本も含めた世界がとても気にかかる感覚に襲われた時間でもあった。
今の時代は当たり前だけれど、まさかの誰もが電話を持ち歩き、ポケットに入るようにもなり、
パソコンをはるかに超える電子端末になり、電子頭脳が搭載されて話し相手や相談相手、
仕事には必要不可欠なものになり、この先更にという時代をかろうじて現役で、
見聞きして知ることが出来て、多少乗り遅れているにしても、体験して使用出来ている、
そういうこと自体が驚きでもあるし、この時代に生きていられて幸いだったと思うし、
人間社会を変えたこの歴史的な時をこの先ももう少し見られるかもしれないことが、
とても楽しみでもあるし、幾ばくかの不安と心配もあるけれど、それもまた…と思える。
「ここのサービスもそうですけど、人と人の仕事や関係性が重要で価値観のある時代ですね。」
と昼食後のデザートタイムに東京タワーを眺めながら二人で話した。
令和八年 東京タワーと空と海
栗岩稔
