2026/01/27 10:00

久しぶりに雪の上を歩いた。
日本海側に大雪警報が出ていたその日、今回は大陸からの影響だからきっと、
長野市から飯山市が大変なことなるのだろうけれど、上田は大丈夫と決め込んで、
始発の新幹線に飛び乗り、晴れで最高気温が0℃予報の上田に向かった。
けれど、いつもはあるはすの軽井沢にはほとんどなく、乾いた佐久平を過ぎた頃、
山間に入るあたりから越えるまでずっと雪がたくさん降り積もっていた。
暖かな車内から眺める久しぶりの美しい雪景色に喜び、うれしく思いながら、
降らないと決め込んだ足元のキャンバス地のスニーカーが恨めしく後悔もしていた。
けれどどこか、少しだけウキウキしながら到着を待つデッキでは新幹線通学の学生が
受験勉強らしき教科書を開いている姿に、そういえば小学生の頃の授業で、
上田地域は降水量が平均より少ないことも特徴のひとつだと学んだことを思い出した。
雪が降ると風が止んで少し気温が上がるという体感の記憶も思い出しながら、
駅の外に出て久しぶりの雪の感触を足の裏に感じながら、このまま歩けるかな、
そう思った矢先に素材の変わった路面に足をとられ転びそうになった情けない自分に、
危ない危ないと独り言を言いながら、その日に限りタクシーを利用して、
また暖かな車内から久しぶりの雪景色の地元を楽しんだけれど、
このなかを車椅子を押して歩き用事を済ませることの重要さに気付き、
これからはじまる大切な用事が待つ実家に到着してすぐに一日がはじまった。
けれどここでも、久しぶりの縁側からの雪景色を少しだけ楽しみながら眺めた。
慌ただしくはじまった用事を終えた頃、常日頃お世話になっている送迎タクシーを待つ間、
青空が覗き、光が射し込んだ雪がキラキラ光り、さらに美しい雪景色を楽しみ、
スニーカーを気にせず駅までの帰りは雪を楽しみながら歩くことを決めた頃には、
さらに明るい光が広がり背中を押してくれていると勝手に思い込んでいた。
実家に戻る車中でいつもよくしてくれている人生の大先輩でもある運転手が語りだした。
「ここだけにいるとあれだよね。このくらいの雪の量が普通で雨の量もそうだけど、
夏だってそんなに暑くならないしさ。たけども名古屋に一年ぐらい暮らした時にさ、
気付いたんだよね、こういうことにさ、良さとかそういうことにさ。」
「いやー、たしかにそうですよね。自分も東京に行ってから知ったことがたくさん、ですよ。
良くも悪くもですけど、いやホントそうですね、出てみないと、ですよね。」
そんなことを話しながらも静かに安全な運転で実家に到着するとまた慌ただしく、
片付けやら何やらを済ませると両親が雪景色を見られるように縁側の障子を開けた。
一つ目の朝早すぎる用事を終えて、また新しい一日のために駅に向けて歩きだすと、
午前中のまだ誰も歩いていない町や城址公園はキラキラ輝く雪景色で、
ひとつも足跡のない場所をあえて選んで、子供の頃のように楽しみながら歩いた。
足の裏に感じる新雪のキュッキュッという音とその感触がうれしく、
少しの気疲れもありながら、たぶん三十年ぶりぐらいの感覚を楽しみ、
景色を目に焼き付けたく、雪に隠されていない木陰の冷たいベンチに腰掛け、
一本のタバコで隙間の時間のひとときとスニーカーに染み込んだ冷たさもまた楽しみながら、
次の一日のはじまりのために高速で運んでくれる新幹線の時刻にあわせて、
自分の歩く速度も上げて、弱った足腰で転ばないように気をつけながら、
駅に向かう朝日をいっぱいに浴びる坂道を下り、まだ溶ける前の雪の、
キュッキュッという音と感触を体感の記憶を更新して、気温0℃の町を後にした。
あの先輩が言っていたように、雨や雪の降水量もそうだけれど、
当たり前に思っていたこと、馬肉の肉うどんが東京では牛肉なことに驚いたり、
そばの食習慣が全く違うことにも驚いたり、たくさんの気付きがあったことを思いながら、
次は駅前の老舗の肉うどん屋に行こうとも思いながら、東京に向かう人の列に紛れ、
まさに、「井の中の蛙」だったな、と改めて思えた自分にも気付かされ、
井の中の蛙、と字面で考えると、深い井戸の中でもがいている小さな蛙を揶揄した、
江戸の町の風刺混じりのことわざ?だったかな、と思いながらも調べてみた。
その答えは、記憶違いの「荘子」の「井蛙不可以語於海者、拘於虚也」からで、
語り合えないのは蛙が窪みにいるからだという意味から転じて、
視野が狭くて物事を知らない人に向けられる言い回しだと知りことか出来た。
たしかに、山育ちの自分は海を知らないから憧れでしか語れなかったし、
実際に鎌倉に暮らし海沿いの暮らしや海のことを知ることが出来たし、
それ以外にもたくさんのこと、高層ビルや地下の町や線路や飛行機を、
単線ではない私鉄やJRもそうだし、とにかくたくさん、良くも悪くもたくさん、
小さな町にいてはわからないし知ることが出来ないことを知ることが出来た。
けれど、井の中の蛙には続きがあることを今、この歳になって知ることが出来た。
それは「されど空の青さ(深さ)を知る」狭い世界にいるからこその楽しみ、知見知識を得た。
そう続けた明治の頃、時の陶芸家河井寛次郎や小説家北条民雄の言葉から生まれて、
民衆に広まった当時の日本がなんだか格好良いとも思ったけれど、
いずれにしても、いつでもどこにいても知ること、学ぶこと、感じることは大切で、
それをさらに深めることもまた大切で、まだまだだぞ自分、そう思えたその日の夜、
久しぶりに知らない町の高層レジデンスのプライベートラウンジにお誘いいただき、
東京を見渡せるダイニングでまた、新しい発見があることを楽しみに一日を終えた。
令和八年 久しぶり、の雪の上で
栗岩稔
