2026/01/06 10:00

故郷のことばで「おとしとり」と呼ばれる年越しの席で個人的な今年の漢字を問われ、
ごくごく自然に「人」と答えていたことを日付が変わってすぐの初詣の列で思い出していた。
振り返ってみても確かにそうだったんだろうと思いながら、
改修工事で本堂に入ることが出来ないこともあってか、
例年よりも短い人の列をボンヤリ眺めながら考えていた。
お年寄りの手を引く小さな子供を先頭にした大家族、陽気に話し続ける男女の団体、
老夫婦に続いてすぐ目の前には楽しげに話す若いカップル、
そして、その自撮りのフレームに入らないように、右に左に避けながら独り待つ自分、
後方には少しずつ延びていく人の列、いつもと変わらないその光景。
間を詰めた人の列から聴きたくなくても耳に入ってくる会話。
「ねえねえ、お参りの時って手を叩くんだっけ?」「そうなんじゃない。」
「ニ礼二拍なんちゃらでしょ、お賽銭は十五円でしょ、十分にご縁がってやつ。」
「でもさあ、もうご縁はもらってるからいらないんじゃない、えへっ。」「そうだねー。」
否定も肯定も正すこともなく、微笑ましく聞き流せるほどの穏やかな心持ちの年明け、
そう寒くない夜からはじまった令和八年は、漠然とした不安と期待が綯交ぜの、
かといって、ざわつくことのない、とても静かな気持ちで一年通してこうありたいと思えた。
令和八年は十干十二支の丙午で躍動する午に火の力をあわせ持った勢いのある年。
六十年ぶりの丙午は過去に争いや諍いかあった強い年であるらしいけれど、
身近にも感じている六十年前の昭和四十一年は、勢いを増した高度経済成長期であるにも関わらず、
出生率が極端に低く、前年に比べて25%も減少したといわれるその要因は、
丙午にまつわるもので、この年に生まれる女性は気性が激しく夫の命を縮めるという、
いわれもない迷信に基づいているらしく、このおかげで前年駆け込み出産もあって、
なおのこと大幅に減少したらしく、個人的な話になると二つ年上の元妻は丙午で、
古い考えの両親はそれを気にかけていたものの、普段は穏やかで笑顔が美しい女性と
気にかけることもなくはじまった暮らしのなかで、自分が何かしでかしたとき、
その感情はだいぶ激しく、命が縮まったことはないけれど、
そうなのかな、と思う節もあったりなかったりだけれど、そもそもの原因は自分なのだから、
丙午だからどうのこうのは関係なく、の日々だったけれど本人曰く、
子供の数は少なかったから、だいぶ楽をしたこともあったとか、なかったとか、
それもこれも三十年も前の話なので今さら、だけれど丙午の今年に思い出したことは間違いなく、
昭和四十年代に入ってもまだ、迷信というもので子供の数が減るなんていう、
ある意味平和な時代だったんだろうと思えるし、今の時代には到底考えることの出来ない伝達の速さだったんだろうけれど、
じっくり広まったことが根深く根強く残る時代でもあったんだろうと思ったりする。
今この世の中は、朝起きたことが午後には世界中に広まったり、
根も葉もない噂があっという間に広まり、そのことでたった一人の人生を狂わせたり、
その命すら奪ってしまうことになったりと、何かと人を信じにくいことは間違いなく、
常にそういう漠然とした何かに怯えているような世の中でもあるような気がしている。
自分が生まれた頃にはまだ大切に伝えられていた行事、特にニッポンを強く感じる、
この年末から年始の年中行事を美しく愛おしく感じるこの時節、
この散文が世に出る頃にはすでに、日常に戻り速度が上がっているだろうけれど、
その時まではもう少しだけ、緩やかに穏やかに歩く速さを落として感じていたい。
なので、まだ少しだけ平和だった昭和四十年代まで残り影響を及ぼした迷信、
個人的にも好きな江戸の頃の町に生きた町娘が惚れた人に会いたい一心で
思い詰めた挙げ句にその町家に火を放ち、火付けの罪で処刑されたお七の話。
この話を基に歌舞伎や人形浄瑠の演目として取り上げられ「八百屋お七」として広まり、
その設定が丙午生まれのお七だったことから、丙午の女は気性が激しい云々と広まり、
迷信となって昭和の時代にまで残ったらしく、時代は変わっても、
人の噂やことばは恐ろしいということは間違いないと思えるこの話。
けれど、この丙午は社交性を高め、人から人へと思いを伝える力がある年でもあるらしく、
決して感情的にならず、冷静に考えて行動すると良いことになる、そんな年らしく。
まあ、いずれにしても西暦ではすでにはじまり、日本の美しい暦ではあと少しの今年、
令和八年がみなさまにとっても善き年になりますように。
今年一番初めに身近で接した若いカップルが出来るだけ長くお付き合いが続きますように、
そうついでに祈りながら静かに目を閉じていた隣から「バンバン!」と手を叩く二人がいた。
そんなはじまりの今年もまた、この場では「ことば」で酒場では「人」として、
お目にかかれることを楽しみに、これまでもこれからも、いつもありがとうございます。
令和八年 はじまりに徒然と短めに
栗岩稔
