2025/10/14 10:00


アンズタケ、ジロールって知っていますか?
私は全く知らなかったので調べてみました。

ヨーロッパではキノコ狩りの最中に見つけるとハッピーな気持ちになるらしく、
このアンズタケを模した工芸、民芸品はラッキーモチーフになっている。
特に東欧リトアニアでは街の至るところでこのモチーフが見られる、とのこと。
そのアンズタケのビンバッチに東京銀座木挽町の酒場で偶然出会いました。

その二人が来たのは週の始めの夕暮れのこと。
近隣に宿泊していて、初めて来た日本の初日にBARを検索して来てくれた。
短パンにTシャツというリラックスした出で立ちの二人との会話のなかで、
英語圏の国からではないのかなと思い訊ねたところ、リトアニアからだと言う。
少し緊張気味ではにかみながらもポツリポツリと話す彼の隣に穏やかな笑顔で座る彼女。
控えめな二人はウイスキーサワーと季節のフルーツカクテルを飲みながら、
日本初日の時差ぼけの午後を、東京、京都、東京というこれからを楽しみにしている様子だった。
その帰り際にまたいつかと声をかけると、京都に行く前に来るかもしれないと答え、
最後に日本語で「またね。」と言いながら出かけていく二人を見送った。

二日後の夜、食後と思われるドレスアップした装いの二人がまた来てくれた。
たまたま空いていたカウンター真ん中の席にまた、控えめに座り、
まずはウイスキーサワーと季節のフルーツカクテルで賑わいの木曜の夜の酒場を、
二人だけで母国の言葉で楽しそうに話している姿がとても素敵でうれしく眺めていた。
そしてふと、エスプレッソマティーニは出来ますか?との問いに、
日頃から準備しているオリジナルのコーヒーカクテルは?と訊ねると、
「じゅあ、私も」と彼女が微笑みながらVサインを出しながら答えた。
食後のデザートをイメージして仕上げたカクテルをひと口含むと、
二人で顔を見合わせながら満面の笑みで「デザートみたいです、美味しい。」と答えた。
そして会計の時に「とても楽しかった、ありがとう。」という言葉に続き、
「あなたに会えたことが幸運でその記しにこれを。」と手渡してくれたピンバッチ。
賑わいの深夜の酒場で老眼にはきちんと見ることは出来なかったけれど、
この銀座だけでも数多あるBARのなかでここを選び、ほんの僅かな時
偶然のような必然の時を共有しただけのことに感謝されていることに恐縮しながら、
とてもうれしく、「ありがとう、近いうちにまた。」とあいさつすると、
「京都から戻ったら新宿だからわからないけれど、また。」と扉を開けながら、
また「またね。」と二人で手を振り出かけていく背中に「またね。」と返した。

閉店後、ようやく落ち着いた酒場で二人の笑顔と「またね。」を思い出しながら調べてみた。
それが、アンズタケ、ジロール、幸福のモチーフだった。
改めてとても、うれしく、ありがたく、長らくこの仕事をしてきて良かった、そう思える一日になった。
この酒場には、儚い出会いとルーティンのような顔合わせなど、それぞれの時間が満ちている。
国内外問わず、人と人が交差する酒場というものが、素敵な場で時間であると、
今改めて思い、感謝し、これから先の自分にまた、今に満足することのないように、
日々精進すべきと思いを新たにした。

そして今日、この散文が更新される日にこの酒場の三年目を迎える。
二年前に開かれた酒場の扉を何人もの人が開けては閉め人が行き来した。
この二年間で何があったのかと考えると、公私ともに色々たくさんだった。
五十五歳で迎えた新しい場で今この歳になってもまだ、日々学び多き時間を過ごしている。
酒が飲める飲めないは別にして、来てくださる人々は酒場の時間を楽しんで、
もちろん、相性が悪かったり居心地が悪かったりした人もいたと想うけれど、
そういう方々は再会することはないし、それを気にするどころか、
自分のどこに原因があったのかなどを日々考えながら仕事に向き合っている、
そんな時間も含めて全てがありがたく、学び続けていられることがうれしい。

今この世の中は、自分の居場所のようなものを探している人が多い気がしている。
ただ、情報が先立ってしまうことが多いから、頭でっかちな感じもあるかもしれないし、
その誤差を受け入れられない振り幅の少ない人もいるかもしれない。
だから人それぞれであることを受け止めながら、酒場という場のさがも認識しながら、
万人受けすることは、はなから無理なことも意識して、ひとつひとつの時間を大切に、
預り、作り上げて演出していきたいし、これまでもそうしてきたつもりでいる。
自分自身にとっても新しいカタチの酒場と世の中の風潮のなかで学び続けてきたつもりでいる。
まあいずれにしても、人の心は計り知れないので、自分で出来ることを精一杯、
一所懸命取り組んでいこうと思っている。

三十歳を過ぎたばかりの頃に師であるオヤジに言われた「死ぬまで勉強ですよ、栗岩君。」
その言葉をこれからもずっと胸に刻んで生きていくつもりでいる。
お前今さら遅いよ、と言われれるかもしれないけれど実際に、
この歳になってもまだ、学び多き日々を過ごしていることがありがたく、うれしい。
生き様、死に様を想像しながら、日々楽しみながら生きていけている。

そして誰より何より、この酒場の主でこの私に預けてくれている二人に深く感謝している。
だから、この場を借りてお礼を書き残しておきたい。
「これまでもこれからも、いつもいつもありがとうございます。
まだまだ足りないことばかりですが、もう少しお付き合いください。
私なりに私の出来るカタチで結果を出したいと思います。
昨年のようにまた、三人揃う時があったら、ビールで乾杯しましょう。
あのうれしいビールが好きです。三年目の酒場を祝して、カンパイ!ってやりましょ。」

最後に私事を少し。
この日とともに私の新しい一年がはじまっています。
この一年を楽しみながら、あと十三回、秋から冬の大好きな季節に向き合います。
これまで私にお付き合いいただいた全てのみなさまへ、
ありがとうございます。

令和七年 秋、それぞれに幸運な時を
栗岩稔