2025/10/07 10:00

世間では物価の値上げで実質賃金が下がるとか景況感がどうこうとか報道各社が伝え、
相変わらず米の価格や新米の作況なども伝え、まだまだ気忙しい日々が続いてぃる。
どんな年の暮れを迎えるのか、どんな世の中になっているのか、今から幾分の心配事でもある。
朝から晩までラジオを聴きながら、そんなことを感じざるを得ないままに暮らしているなか、
姉からメールが届いていた。「この前手伝ってもらって刈り入れをした米の脱穀が終わりました。」
ありとあらゆる情報が溢れる世の中とは全く別のところで、それぞれの暮らしがある。
そういうことを実感しながら、この季や期の節目だったり区切りだったりする時期に、
この木挽町路地裏の酒場ではうれしい知らせが相次いで、けじめのように届けられた。
半年ほど前、まだ今年の暑さを想像すら出来なかった頃の夕暮れに、
15年来お付き合いいただいている、同世代で大手ゼネコンの設計士の男性が、
新入社員研修の最中で配属が決まったからと、その若者を連れだって来てくれた。
社会に出たばかりの彼に、こういう場所に一人で来てみると良いから、
東京にいる間に立ち寄ってみたほうが良いと言われていたその本人が、
あすの移動で大阪に入って10月1日付けで正式に配属されるから東京最後の夜に、
これまで一人で行くことなどなかったバーという場に顔を出してくれた。
若干22歳のキラキラした瞳輝く彼は不慣れなバーカウンターにも関わらず彼なりに、
食事前のひと時の酒を楽しんだ帰り際、東京に来たらまた必ず寄ります、
その時には名刺を持ってきちんと挨拶をしたいですと、このあとに待ち受けている、
社会人として初めて現場に出ることへの期待と不安に胸を膨らませながら扉を開けた。
その背中がとても誇らしかったし、プライベートで忙しい貴重な時間を割いて
この酒場で過ごす時間を作ってくれたことが何よりもうれしく、ありがたく見送った。
その夜には、社会に出たばかり、22歳の頃から顔を付き合わしている男性が訪れた。
聞けば、出向先から本体に10月1日付けで戻るから、その自身へのけじめと挨拶にと。
そういえば、その出向先に赴任する時には当時の酒場に顔を出して報告してくれた時を思い出し、
彼にとっての節目節目を酒場で迎えることが出来ていることがうれしく、
まだ現場にいられることに感謝しながら、諦めることなく、一生現場という想いを新たにした。
そんな彼も今では年男になり、社会的地位も立場も役割も変わって家庭を持ち、
その家族と挨拶に来てくれたことを思い出しながら、しばし誰もいないバーカウンターで、
この時期ならではの新しい場所や暮らしというものを、ひとり感じていた。
その彼が酒場を訪れるようになったきっかけで、彼の中学の同級生でミュージシャン、
プロとして酒場を中心にライブ活動をしていたギター弾きの男は、
以前の酒場で10年間欠かさず毎週木曜日にライブをしてくれていた。
雨の日も風の日も大雪や嵐で誰も来なくても、酒場の10年目のパンデミックの時も、
毎週必ずギターひとつで歌っていた、誰が名付けたかギターマンの彼が、
この10月に武道館のステージに立つ、その知らせを情報公開のタイミングで酒場を訪れた。
しかも、誰もが知るアーティストとして長らく日本の音楽シーンを牽引してきた人物が
プロデュースしたオリジナル楽曲もリリースされ、企画しているライブのステージに立つと。
ビートルズに憧れてギターを始め、そのナンバーであればほぼ完璧に出来る彼が
いつか宣言した、武道館のステージに立つという目標を、あれからだいぶ過ぎた今、実現する。
二人でよく語りあった2001年のエリック・クラプトンの武道館ライブのこと、
そのラスト、アンコールでギター一本で「虹の彼方に」を唄う彼をその場で観て感動した、
あの同じステージに、10年間共に苦楽を共にした彼が上がる。
余計な言葉はいらない、ただただうれしい、その知らせと彼を目の前に、
自身の師匠から頼むと託され、勝手に背負っていた肩の荷がようやく下りた気がした。
その夜、10年間生で聴き続けた彼の音を酒場のコンボで大音量で聴きながら乾杯をした。
新たなステージに立ち、違う景色を見ることになる彼のこれからに、よろこびを。
とにかく本当にうれしい、ありがとう。
9月最後の日の昼過ぎの東京スクエアガーデン地階のラジオのオープンスタジオ前。
服飾の仕事の時から数えるともう20年になる、元同僚で今でも付き合いのある信頼のおける仲間、
大阪から結婚する前の今の奥様を連れて上京して、共に働き、直営店舗で顧客対応をして、
様々なことを経験した彼は今、自身で銀座に構えて5年の店を切り盛りしながら、
服の世界を広げ、お客様に愛される彼が、その日初めてラジオのインタビューを受ける、
そのハレ姿を目に焼き付けたく、少し驚かせたくて向かった先には、
自分と同世代と思われる白髪の男性がパーソナリティーと対面してマイクの前にいた。
時間帯の変更かと残念に、少し寂しく思いながら酒場の準備に戻るとすぐに、
「本日ラジオ出演、無事終了しました。ありがとうございました。」とのメッセージ。
勝手に決めつけていた時間より15分早く始まり、到着した時刻には終わっていたということに、
相も変わらずダメな自分を情けなく反省しながらも、彼がまたひとつ、
新たなフィールドに立ったことがうれしく、またひとつのけじめが済んだ気がした。
そして、いつもの自分のためのコーヒー、その日の自身の体調を確認するためのコーヒーが、
いつもに増してすこぶる旨く、バランスよく豊かな香りのコーヒーで酒場のはじまりを迎えた。
全てが、けじめのように忙しく、たくさんの人が訪れた9月最後の酒場の終わりに、
韓国ソウルから訪れていたカップルが楽しそうに日本の酒場を楽しんでいた。
とても和やかで穏やかで控えめに楽しんでいた二人が帰り際にスマホの翻訳機能でメッセージをくれた。
「あすソウルに戻ります。東京最後の夜がとても素敵な夜になりました。ありがとう。」
令和七年 区切りとけじめと節目の酒場で
栗岩稔
