2025/07/29 10:00

すでにたくさんの人で溢れる東京駅構内を抜けて到着した20番線ホーム。
朝6時の時点で、もう30℃に迫る気温なのだろうけれど、少しだけ清々しく青い空に惹かれ、
少し痛みの出始めた腰と今にもつりそうな脚を運んで、ホーム最先端まで行き着き、
ザ・トウキョウという高層ビルのそびえ立つ街並みに、たくさんの人を運ぶ列車を見て、
一日の始まりを感じ、大きく深呼吸しながら、そういえば昨日、
日頃から相談役をしている男性から、このところイライラが続くことへの打開策は、の問いに、
下を見ないで、上を見上げて深呼吸、そう答えていたことを自らの朝に思い出し、
そうそう、この感じ、やっぱり、どんなにしんどくても空を見上げて深呼吸、ですよ、
そう改めて自分に言い聞かせながら、いつもの、これまたホームの端っこにある喫煙所に行き、
朝のコーヒーとタバコで至福のひと時を過ごし、眼下に日常の活動の人々を運ぶ列車を眺め、
非日常に近い人々を乗せる新幹線ホームが並ぶ様を眺めているとほどなく目の前に、
自分には月に2回の利用で定例になった、はくたか号が入線、整えられた車内に乗り込み、
いつものように出入口付近、3列シートの一番端の通路側に早々に身を沈め。
早すぎて暑すぎる夏にすでに疲れが出始めた身体を休ませたく、
今日は特に足りないと実感している睡眠時間を補うために目を閉じながら、
今朝は小一時間は眠れそうかも、と発車前の独特の高揚感のある車内で、
まだ誰もいない隣の2列席と静かな背後は確か、ショートヘアがお似合いの、
上質なリゾートスタイルの中年女性がひとり窓際だったことを確認しながら、
窓際の席の乗客が通れるように、半ば強制的に眠る体勢を整えた頃に発車、
動き出した一日に、あー、眠り落ちそうだぞ自分、と思い出した頃には上野駅に到着、
たくさんの乗客のざわめきに少しだけ現実に引き戻されると右側の窓際に男性が座り込み、
改めて体勢を整えた頃、発車間際の左側には、バタバタと荷物を置きながら、
「イエーイ、宴会だー!」「おいおい、朝だぞ、まだ。」という男女の声が響き、
思わず薄目で左横を見たそこには、備え付けのテーブルの上に並んだ500mlの缶ビール、
惣菜各種と壁際のフックには重そうなビニール袋、男性の前には缶入りハイボールも並び、
早朝に関わらずのしっかりメイクと香水の女性の前には弁当の容器が並び、
明らかに年の離れた二人の、よく通る声でしゃべり続ける内容に聞こえる○○さんとか家庭の話、
などなどに、まあ、良いけどさ、自分だって朝イチビールをするし、関係性は問わないけどね、
でも個人名は出さないほうが良いんじゃないかなー、とグチに近い、音に出さない独り言で、
渋々また、目を閉じた背後からは上野で乗車した友人と話の輪が咲き始め、
幸か不幸か耳が良すぎる自分を羨みながら目を閉じたままで耳は解放されたまま、
東京と埼玉の境を流れる川を超え、まあ、きっと降りるのは軽井沢でしょ、と思い、
諦めかけた頃に到着した大宮駅からは、夏山シーズン到来を目の当たりにする乗客に、
小さく身を沈めていた自分の左側を大きなナップサックに揺り動かされ、
少し前方の席では別の酒席が開宴した様子に眠りを諦めながらも、まだ目を固く閉じ、
朝の光がいっぱいに降り注ぐ新幹線らしからぬ内容と背後の止まることのない会話が耳に入り、
群馬県に入ってすぐの高崎駅では乗り降りが増した乗客の荷物にまたしても弾かれ、
苦笑いするしかない、完全に諦めて目を開けて姿勢を正した自分がそこにいて、
あっという間の長野県に入り、軽井沢駅に到着、そして案の定、予想通りに、
左と後ろには誰もいなくなり、たくさんの乗客も下車した静かな車内で突然の眠りに落ちてすぐ、
停車したことを身体で感じ、焦って目を覚ましたそこは見慣れた景色があって、
目的地で地元の上田駅では朝からギラギラと太陽の光が降り注ぐ駅前に出ると、
珍しく身体をいたわる今日に限ったタクシーに乗車して実家につくとすぐに所用についた。
すべてを終えて再び、あっという間の上田駅前に続く裏通りを歩きながら、
40年近く前に上京したあの日の前日に、どうしても食べておきたくて寄った中華料理店の前で、
まだ開店前だからなー、と思いながら覗いた店先に営業中の看板を見つけ、
一切の迷いなく、扉を開けて涼しい店内に入ると、まだ賄いを食べる店員の横から、
懐かしい顔のおかみさんがメニューを持って現れた姿にまた迷うことなく、
あの時と同じラーメンセットを注文すると、「少し待っててねー」の言葉に、
そりゃそうだ、まだ早いし、と申し訳なく思いながら、早朝の行動と暑さにやられた心身に、
注文したビールの忘れていた大瓶の登場に躊躇しながらもあまりの旨さにグラスが進み、
まどろみ始めた頃に運ばれてきたラーメンセットの変わらないその景色に嬉しくなり、
まずはスープを一口、そのままチャーハンを一口噛みしめると、変わらないその味に、
またうれしくなり、この歳には無理かなと思っていた自分が一瞬若返るように、
あっという間の完食をする頃に聴こえてくる大将とおかみさんの、
「きゅうり一本50円だってさ、高いねー」「そうかい」の会話に、
えっ!どこ、それ?と思いながら、続いた「上田西高、コールド負けだって。」
「準決勝だろ、そりゃダメだね」の会話に思わず、「コールド負けですか、残念」と参加すると、
「お兄さんも上田の人?」「えー、私がいた当時は城南高校でしたけど。
コールド負けはないですよね、確かに。東京で気にしていつも見てるですけど、いつも。」
「あー、東京からですか。」「えぇ、今から帰るんですけどねぇ…。」
「どのくらいになるんです?あっちに行ってから。」「35年も過ぎましたね。ここには、あの時以来で、うれしくて来ました。」
「あー、そうでしたか。そりゃ、ありがとうございます。ここはもう58年になりますね。」
汗を拭きながら話す大将の隣の席のおかみさんが「ごめんなさいね、座ったままで。
この歳までやってるとね、どうも腰が痛くて。」「いやいや気になさらす。ありがとうございました。」
と、会計を済ませた背後から「暑いから気をつけて。」の言葉にまた嬉しくなり、
すでに限度を超えた暑さのなか、駅前に出ると以前からそこにある温度計が、
設置した当時は想定していなかった気温を表すように、35℃で点滅している様子に、
さらに暑さを実感しながらも、でもでも暑さの質が違うよなー、やっぱりと考えながら、
たくさんのビールとラーメンとチャーハンと喜びで満たされた身体を持ち上げて、
改めて腰の痛みと脚の違和感を覚えながら階段上のひとつだけの新幹線ホームに立ち、
青くギラギラした空を見上げて、また深呼吸しながら、やっぱり暑さが違うと感じていると、
いつものあさま号が入線してすぐの乗車、のあとのことは全く記憶がなく、
気づいた頃には上野駅を過ぎ、朝に見た、ザ・トウキョウの街並みを過ぎた東京駅で、
降り立ったホームでは湿気をたっぷり含んだ熱に包みこまれ、更に人が増えて、
同じ日とは思えない混雑のなかをすり抜けて山手線に向かい、今日だけど別の一日の始まりに、
さてさて、今日もまた、と思いながら、有楽町駅からいつもの町に歩く道すがら、
自分よりひとつ年上のあの中華料理店の築き上げてきた歴史と身を削りながら営んできた
あの老夫婦に感謝しながら、定期的に訪れる上田の町にひとつの楽しみを見つけた喜びと、
いつもの路地裏に安心しながら、こうしてはじまる一日のありがたさを噛みしめて、
隙間に見える青く高い空を見上げて深呼吸を、ゆっくり、たっぷり、またまた、した。
令和七年 突然の鼻血が熱中症だと知った午後に
栗岩稔