2025/07/22 10:00

毎年楽しみにしている祭りがある。
長らくいることになったこの町、住所で言うと銀座一丁目、銀座の端っこ。
すぐ隣は京橋、かつては川だった首都高に掛かる橋を渡ったら新富町、とい場所。
古くは、江戸城をはじめ江戸の町作りを担った大工
たちが多く暮らした町、木挽町。
この一角、本当に京橋との境にある、その名も京橋公園、かつては京橋小学校だった場所で
近隣住人や子供たちが参加出来るように、夏休みに入ったばかりの週末に、
金曜、土曜、日曜日と町内会の運営で開催されてきた夏祭り。
公園の中心に組まれた櫓とたくさん植栽されている樹木を繋いでかかる提灯。
その夏祭り会場に集う人々の穏やかな表情や笑顔や子供たちの歓声と、
露店商を一切入れずに町内会で営まれる屋台は毎年好評で、
すぐに売り切れが出るほどに美味しく、ビールはもちろん、かき氷もある。
ある年は焼売もあって、とても美味しく、ビールと共に頂いたこともあった。
今年も7月に入って、周辺の掲示板に貼り出されたチラシにうれしくなったし、
また見られることに喜び、ありがたさを感じながら梅雨明けの夏本番を迎えていた。
そんな金曜の夜、訪問客が少しの間だけ途切れた酒場から、
夏の夜風にあたり、外の空気と煙草の煙を吸うために路地裏に出たところ、
密閉された酒場にいると聴こえなかった祭り囃子が聞こえて初めて、
この週末が夏祭りの開催日だったことに気付き、耳を傾けていた頃、
もう10年以上顔を合わせている隣のジュエリーサロンの女性と偶然出会い、
「今年もまた聴けたね。」「そうですね。」「また来年聴ける、かな…。」「だと良いですね。」
と言葉を交わし、またひとり祭り囃子に耳を傾けながら思い出していた。
子供のころから夏祭りや盆踊りが好きだった。けれど何しろ恥ずかしいから
躍りの列に加わることはなく、灯りの下にあつまる人々の様子や、
浴衣を綺麗に着付けた人々の躍りや衣擦れや造林や下駄の音が混じりあった音、
太鼓がリズムを刻みながら現代的な楽曲で盆踊りをする、あの独特な音が好きだった。
もちろん、大手を振って夜に遊びに行くことか出来る喜びと期待、
なけなしの小遣いで何を買うか迷いながら屋台を見てまわるあの感じも好きだった。
けれど、何よりもあの幻想的な光景が好きだったし、祭り囃子が心身にシンクロする、
高揚感と覚醒感と鎮静感が入り交じった、鼓動を外から感じる音の風景が好きだった。
だから、これまで色々な盆踊りを見て楽しんできた。
古くからの伝統に則った年中行事で無形文化財に指定されている佃島の盆踊り
海沿いの広場で開催され帰省している島民も合わせて皆が集い交流する神津島の盆踊り。
などなど、旅先や出張先で地元のそれに偶然出会ったときなどは特に、必ず出向いた。
ただ、今住んでいる地域の盆踊りたけは、どうしても馴染めない。
イベント会社が仕切っているかのようなビジネスライクなフェス、のような、
イベントとして、都内でも有名な盆踊りだけはもう二度と行かない。
とにかく人の多すぎはもちろん、音も光りも不自然で過剰で辟易する。
その会場となる寺は好きだし、お参りもするし、初詣もするからなおのこと、かもしれない。
いろいろたくさん、子供の頃に苦手だった夏休みがある短い夏の唯一の楽しみだった盆踊り。
土曜の昼、開業したばかりの頃から、そのデザインやディレクションをしていた、
著名なアートディレクターから話を聞かされていたラーメン店で昼食を摂った。
常に頂上を目指していたいから、山の八合目に例えた名のその店は、
開店直後から大人気で、行くことが出来ずにいたなかで今回初めて、
店主と特別に関係を持つ知人男性からお誘いいただき訪問した。
まず店主の挨拶から全てが違った。整然とした店内と選曲された音空間で
名刺ひとつ出すその所作からすぐに仕事に向き合い、無駄のない動きとリズム、
外光を採り入れた照明と全ての音がシンクロした店内でそれを待った。
普段はたくさんのことで対話する二人が口数少なく、つい背筋を伸ばしたくなるままに、
動きを眺めていると、あっという間に目の前に差し出されたどんぶりを、
折敷と箸置きと蓮華と箸の整った空間に置いたラーメンの景色に驚き、
まさに、頂きますと言葉が漏れだし、まずはスープひと口から始まり、
二人がともに無言のままに表現する言葉が見つからないままにラーメンに向き合い、
合間に「やっぱり何でもリズム、ですね。」「そうですよ、ホント。」の言葉を交わし、
スープの最後の一滴を飲み干す頃に提供される、水出しほうじ茶に驚き、
指紋ひとつ付いていない、自身の物と同じで違うそのグラスの美しさに見とれながら、
全てを終えて、ラーメンを、というより何かコース料理を頂いたような充足感を覚えた。
週末の酒場の準備に向かう、蝉の声に包まれる道すがら、季節にシンクロする蝉に喜び、
またひとつ目指すモノが出来た、と強く感じられた、このご縁がありがたく、
その夜に合間をぬって出た路地裏で聴いたお囃子のリズムが特に染み入った。
令和七年 蝉の声がシンクロし始めた週末に
栗岩稔