2025/07/15 10:00

S・A・D・E、エス、エイ、ディー、イーってなんだ?
セイド?、サーディー?、何て読むんだ、これ?から始まったアーティスト「シャーデー」
今となっては、そのボーカル、シャーデー・アデューを理想の女性とまで言い放っているグルーブで、
他のスチュアート・マシューマン、ポール・スペンサー・デンマン、アンドリュー・ペイルとのユニットが、
ジャズ、ソウルを基本とした音楽スタイルで、80年代後半からムーブメントになっていった、
アシッドジャズといわれたジャンルのなかで音数の少ない洗練された音楽を発表している。
1984年のデビューアルバムはチャート上位で初登場するなど、現在も活動しているグルーブ。
これまで、ライブアルバム、ベストアルバムを合わせても9枚だけのリリースという、
ひとつひとつのアルバムに時間をかけて作り上げた音楽性やそのメッセージが
時代とともに進化し広く伝え続けられている音楽が自分はもちろん一番好きなアーティストだし、
今でもこの時期、梅雨だかなんだかわからない、湿り気混じりの重たい空気に包まれると必ず、
思い出して聴きたくなるし、実際に毎年必ずと言っていいほどに聴いている。
その理想の女性、シャーデー・アデューは、ナイジェリア人の父とイギリス人の母のもとに生まれ、
エキゾチックな容貌とスタイルが美しく、そろそろ還暦かなという年頃だけれど、
1984年の来日以降一度も来ていないシャーデーが来日するとしたら、
珍しく普段は絶対に使わないあらゆるコネを駆使してライブはもちろん行くし、
本人に面会したいものだと思ったし、今でもわりと本気にそう願っている。
なんだこれ?から始まったシャーデーとの出会いはもう35年も前のことになる。
バブル経済真っ只中の世界的にも有名なファッションブランドに所属して、
ブランド全体として飛ぶ鳥を落とす勢いだったなかで都心店舗勤務のために上京、
それからたった1年ほどで、新宿伊勢丹本店、池袋西武百貨店が売上トップを競うなか、
地元の西武百貨店からそのまま渋谷西武、そして池袋西武へとステップアップを果たし、
今とは全く趣の異なる池袋の街で忙しく働き、遊び、夜の街を闊歩していた22歳、
今思えば、イヤな奴だったし、女性からはサイテー、とカタカナで言われて当然の若気の至りに、
同じ職場内でも飛び抜けたセンスと佇まいで穏やかな語り口で魅了し、
他の女性とは一線を画していたショートヘアが似合いの素敵な女性に惹かれ、
美術館巡りに食事や酒を共にしていたある日の夜も更けた終電ギリギリの駅前で、
元来多かった(多すぎた…?)女友だちの存在を指摘され、付き合っていた訳でもない(と記憶している…)
その女性から突然「もうサイアク、サイテー!」と投げつけられた四角いビニール袋。
「もう私帰るね!」の言葉に「あ、これ…」しか言えないサイテー男にもうひと言
「もうっ、一緒に聴こうと思ってたのに…、もういらない…」
足元の四角いビニール袋の中身を見るとそこに入っていたが「SADE/DIAMOND LIFE」
音楽の趣味も抜群で学ぶことが多かった彼女が選んだアルバムだから良いんだろうなーと、
まだ背中が見える彼女を追いかけることもなく、家に向かって歩きだした夜。
これが、なんだこれ?の「SADE」との出会いだった。
そのCDはというと、もちろん帰ってすぐに何よりも先にONKYOのCDコンポの電源を入れ、
温まる間もなくCDトレイを開けて、ビニールを開けて新品のディスクを入れてPLAYボタンを押した。
家の灯りを点けることなく、室内に流れ出したその音に耳を奪われ、
しばらくそのまま着替えもせずに、冷蔵庫に一本だけあった缶ビールを呑み、その音時間を楽しんだ。
そしてSADEは自己満足の音楽趣味だったCDラックの真ん中に収まり、
新しいアルバムを買い続け、聴き過ぎてキズが目立つようになると買い換え、
今でも全タイトルは手元にあるし、あの夜の駅前から自宅に帰る道のりと
暗い室内に流れたあの音時間ははっきり覚えているし、忘れることはない。
ちなみに、一緒に聴きたかったアルバムのなかの曲はきっと1曲目
「SMOOTH OPERATER」だったんだろうなーと思っているし、
自分も好きな曲であることは間違いなく、今でも事あるごとに、この曲だけを選んで聴いている。
あの夜から20年近くが過ぎて顧客動向調査会社で仕事をしていた40歳の頃のこと。
同い年でこの会社の代表で日頃から仲良くさせてもらっていた、
黒く長い髪が似合いのスタイル抜群の美しい女性が、その優れた知性と行動力で築き上げた事業を
拡大継続してきた強さの反面、少しの弱さが垣間見える彼女と共にしていたオフィスに夕闇せまる頃、
根を詰めて調査内容分析をしていた最中に突然、自身のパソコンから音楽を流し始めた。
煮詰まっていて淀んでいた空気を弛めるかのように流れ出した1曲目が、
「SADE/SMOOTH OPERATER」に思わず手が止まった自分を知ってか知らずかのひと言、
「この曲ってさ、高層マンションの一室で夜景が見えるベッドサイドで聴く曲だよね…」
「えー、まー、そう、ですね」としか答えられなかった自分に「ね。」とひと言。
オフィス街を家路を急ぐ人々を眼下に見下ろしながらじっくり、何もすることなく聴き入った。
そして今も、還暦まであと3年に迫ったこの夏も梅雨明けしない夕暮れに聴いている。
40年前のリリースなのに古臭くなく、少ない音数で構成されていて、
ミニマムな音楽表現がやっぱり良いなー、なんて改めて感じながら聴いている。
いつか、シャーデー・アデューに会えるかしら、とかいまだに考えていることが楽しいし、
東京という街の暮らしとともに始まったこのSADAEを今も感じられてうれしく思っている。
東京を離れるようなことがあったら聴かなくなるのかなー、とか考えてみたりもしている。
故郷の山々を見ながら、はないかなー、そもそも東京暮らしのなかで出会ったモノやコト、
あのヒト、このヒトなどなどのつながりもあるしなー、だからきっと、
あれやこれや、たくさん、いろいろなことに対するケジメのように置いていくのかなー、
そんなことを思う、今でも聴くことが出来ている「SADE」に愛を込めて…。
令和七年 アーバンでアンニュイな夏に
栗岩稔