2025/06/24 10:00

長すぎる梅雨の中休みのある夜に著名な人物の息子で建築家、
長らく開業しているクリニックで少子化していく日本に対峙している医師、
幼馴染みと言えるほどに長く友人の二人がカウンターで酒と会話を楽しんでいた。
75歳という年齢を迎えた二人の話題は今の日本とこれからの日本の高齢者の社会での立ち位置、
自らの状況、社会の疑問などなど、たくさんのことについて語り合っていた。
高度経済成長期を経て、俗に言うバブル経済のなかで元気なフリをしていた日本を知り、
その後の様々な変化や局面に対応しながら生きてきた二人が語る「日本」について、
とても興味深く耳を傾けながら、建築家の男性が言っていた、
経済的、身体的、生活環境的に優れない高齢者は75際を過ぎたら死ねと言っているようなもんだ、
という言葉にふと、3年前に公開された話題作でカンヌ国際映画祭で絶讚され、
その視点が特に秀でていることに対して賞が贈られるなどした映画を思い出した。
そのタイトルは「PLAN75」
フランスをはじめ世界各国と日本の国際共同制作のこの作品の、
近未来の日本を舞台に社会問題にスポットをあてて描き出したその内容は、
日本政府が定めた制度、75歳を迎えて死を選択した国民に対して国がサポートする「PLAN75」
主役となる倍賞千恵子さんが演じる清掃業務に従事する女性がある日、
契約を打ち切られ、数少ないその後の生活の選択肢のなかから「PLAN75」を選び、
その後の彼女に関わる人々との人間模様を描いたヒューマンドラマだけれど、
その内容からは現代社会が抱える問題に警鐘を鳴らす社会派ドラマだと思っている。
長編映画初監督作品となる早川千絵さんが、今の日本が抱える少子高齢化問題、社会保障、医療、そして金など、
今目の前に広がる様々な事象を、静かに描き、あぶり出した素晴らしい作品だと思うし、
そろそろ還暦を迎える今、この年齢に観ることになってより考えを深め、
自分自身にもいずれ訪れるであろう年齢に迎える時代を想像して照らし合わせながら観た、
あの映画のことを思い出しながら、この酒場で繰り広げられた75歳の議論を考え、
思い返しながら片付けと清掃を終え、店内と身体を芯から冷やしていた冷房を止め、
不要な電源を切り、換気のために大きなガラス窓を開けると、
熱帯夜間違いなしの夜風が流れ込み、戻ってきた体温を感じなから
今日も良い時間だったと思える一日を終えて、あすもまた開くはずの酒場を閉めた。
日々素敵な物語があった酒場の一週間も終わりを迎えようとしていた金曜日、
今では死語に近い花金の午前中に別件打ち合わせを終えた有楽町駅前ビル、
乗り込んだエレベーター室内には同世代と高齢の男性二人と自分という、平均年齢高めの乗客、
静かな室内に途中階から乗り込んできたのは、サングラスにイヤーレシーバー、
Tシャツ短パン、背中にはパンパンに膨らんだ一人分のスペースを取るバックパックの、
同世代と思われるその男性はどうやら真っ先に降りたいらしく、
扉の前に立ち、すぐ後ろの高齢男性を押し退けるようなバックパック、
静かだった室内にロックかなんだかわからない雑音を響かせるイヤーレシーバーに、
なんだかなーと心のなかで思いながらもすぐに1Fのボタンが点滅して扉が開き、
高齢男性がのけ反るように先を歩き、避ける様子もないバックパックの
持ち主の顔が気にかかり、覗き込みながら降りた背後に投げつけられた「ンだよ、てめえ!」
漫画のように、頭の上に大きな?が浮かんでいるだろうなと思いながら、
立ち止まることなく、背後に響いた扉の閉まるチンという音に背中を押され、
冷えきった寒々しいロビーを抜けて、梅雨前線どこ行った!と叫びたくなる青空の下、
無機質にくるくる回る広告だらけの高層ビルを横目に真っ直ぐ銀座に向かい、
たくさんの人波を掻き分けるように中央通り、昭和通りまで真っ直ぐ止まらずに、
銀座地区唯一の歩道橋の山を超えて柳の木の下にたどり着いてはじめて風を感じ、
いつもの曲がり角で立ち止まり、さあさあ今日は金曜日、準備をしっかり!と自分に言い聞かせ、
少し汗が滲んだ額を拭い、なんだかなーと考えてしまった自分と行動を反省し、
若い頃に横須賀線車内で酔っ払いに絡まれた時と同じ「ンだよ、てめえ!」を思い出し、
いい歳になって「ンだよ、自分!」と気分を入れ替えて深呼吸した先に点々と、
いつものように投げ捨てられたタバコの吸い殻を拾い集めながら歩き、
大切な一日がはじまる酒場に向かう階段を一段ずつ上がり、片手でカギを開け、
無音の店内にまずは換気、の窓開けで新鮮な生暖かい空気を入れた先から流れ込む、
東京都民のために云々、みなさまのために云々という自己主張だらけの言葉に、
みんなが街にやさしくなったら良いのになー、この先どうなっていくんだろと思いながら、
たくさんの人が集まり続け、メガロポリスのように変貌していくこの街、
そういえば、手塚治虫さんが描いた漫画を元にした映画「メガロポリス」
あれはアンドロイドと人間の階層社会の未来の物語だったなーとぼんやり考える午後に、
この街の片隅で酒場の一日をまた始められることに感謝しながら窓拭きをはじめた。
75歳からの「PLAN75」ではなくて、国の制度や高度な延命のための医療に頼ることなく、
「PLAN TO 70」で良いかなやっぱり、カウントダウンは引き続きです、はい、
夏至を迎えて日の長さが短くなっていくけれど、暑さ本番のこれからだし、体力は落ちているし、
世の中のあれこれも含めて、色々なことにご留意を、ですよ、とガラスに移る自分に問う。
令和七年 時は金なりなのかな、と考える街角で
栗岩稔