2025/05/13 10:00


ある日曜の朝、23番線ですでに待っている、東京駅発7時24分あさま603号に乗車。

こういう日に限り(!?)朝食に缶ビールとサンドイッチで、終えた一週間の心身にダメ押しをする。
東京と埼玉の境を越えたことに気づくことなく眠りに落ちる。
個人的には程なく、実際には1時間ほど過ぎて、たくさんの人が下車する気配に目を覚ます。
そこはもう長野県軽井沢で残り20分ほどの乗車時間に持参したカフェオレで身体全体を呼び戻す。
まさに、程なくして目的地の上田に9時1分に到着して、駅のホームの喫煙所でタバコをふかす。
階段を降りて、ローカル線のような新幹線改札を抜けて今日という日がはじまる。

観光シーズンがひと段落した人気の少ない構内の掲示板で翌月曜日に乗車予定の新幹線と
前後の時間帯の混雑状況を不測の事態に対応出来るように確認する。
帰京してそのまま仕事という流れに影響がないように、休日モードの自分を引き締める。
そのまま駅前に出ることなく、第三セクターになって久しいかつての信越線、今はながの鉄道と、
記憶に有る限りずっとそこを走っていて、数年前の台風被害から復旧した私鉄、
地元の人々の足として走り続けてきた上田電鉄別所線の改札階への階段で重い足を引き上げる。
上がってすぐの右手の出札窓口でお得な往復乗車券を購入、その代金1340円也。
そして、東京生活に引き戻されるようにコンビニエンスストアでコーヒーを購入する。
どこか懐かしい乗車券を手渡しして、すでに停車している二両編成の小さな電車、
都心で使われていた東急の車両に、ここでもまた東京に引き戻されながら、
これまで気づかなかった、アニメキャラクター化した駅看板に違和感を覚えながら乗車する。
今も変わらない町といつもそこにある川、これから向かう山の景色を眺めながらシートに身を沈める。
ほどよく冷めたコーヒーをすすりながら、あと少しの発車時刻を待つ。
車内には、嬉々として写真を撮っている電車オタクらしき男性、
熱心にガイドブックを見ている、この辺りではまだ珍しい外国人観光客の男女、
途中の大学がいくつかある駅、その名も大学前で降りるんでしょ、という若者
まずは、こんな面々を乗せて、時刻9時25分に終点の別所温泉駅に向けて発車してすぐ鉄橋を渡り、
開発という言葉とは無縁に思える見慣れた住宅地を抜け、田園風景を横目にトコトコ走る。
生まれた町ではないにも関わらず、駆られる郷愁の念にひとしきり心を休める。
そして9時52分、終点の別所温泉駅に到着。始めから一緒だった3人とともに降車。
上田駅で擬人化されていたキャラクターと同じ衣装をきた女の子が改札で待つことに驚く。
あの電車オタクの男性が撮影許可をとる様子に苦笑しながら改札を抜ける。
またしても階段で重い足を引き上げ、上がった先に続く長い登り坂が始まる。
山に続く坂道の途中、5分ほど行った先、左手に石の鳥居が見えてくる。
石段をくぐるとすぐの急な石段を下りた先には小さな土産物店が軒を連ね参拝客を待っている。
変わらないその軒先を眺めながら、歩くとすぐに目の前にある今度は上りの急な石段を上る。
子供の頃には毎年初詣に訪れていた北向観音のお堂が見えてくる。
人気の少ない本堂に上がり、真剣に家内安全を念じながらお参りを終える。
今になると一段と身に染みる家内安全という言葉を思いながら玉砂利が敷かれた広場で、
山頂から故郷の町を見下ろし、山に抱かれた境内で深呼吸をして、ひとつの役目を終える。
そして来た道を引き返す途中、今度は上りになる石段の右手から漂ってくる出汁の香り、
濃い目で甘辛く煮込んだ馬肉が盛られたうどん、地元ではこれが肉うどん、
東京に行くまでずっとそう思っていた懐かしい香りに後ろ髪をひかれながら、その場をやり過ごす。
そして、長い坂道を下りて左手に見える駅を通り過ぎたその先、
車社会の象徴のように広大な駐車場を持つ、地元で親しまれている町営の日帰り温泉施設に向かう。
開館を待っていた家族や高齢の夫婦が年間パスを提示しながら先を急ぐ姿を尻目に、
往復乗車券にセットになった入浴券を手渡しした時の独特の言い回しの挨拶に心が和む。
そのまま向かう脱衣場で荷を降ろし、向かった先に広がる見慣れた大浴場に心身ともに弛み、
少し熱めの湯に深々と身を沈め、自然と涌き出るため息としばしの瞑想状態に入る。
露天風呂では背後に山の息吹きを感じ山に抱かれながら眼下に町を眺め、
またしても、大きすぎる全身の深呼吸で、イオンと硫黄の香りが鼻を通過する。
心身ともに満たされた一時期あまりの湯治を終え、温かな時間を終えて衣服が身を包む。
館内にある大きな大きな大広間で火照った身体を休め、至福の時間を過ごす。
地元のおばちゃんたちが運営する食堂の開店時間を待ち、開店と同時に食券を購入して席に着く。
そして、運ばれてくる生ビールとさっきは我慢した馬肉の煮込み、うどん無しで宴がはじまる。
大きなガラス窓から山肌に季節の移ろいを探し、鳥の囀りを聴き、心身を満たす。
ビールと煮込みが半分になったころ、メインディッシュに思考を巡らす。
追い馬肉で肉うどん、はたまた、ここはやっぱりくるみそば、まさかの海老丼、
出した答えは唐揚げ定食、残したビールを唐揚げとともに、煮込みは肉丼の、自己流特別定食。
唐揚げでビールを飲み干し、肉丼を平らげた結果の美味し過ぎる地元産のご飯のおかわり。
ビールで冷えたお腹をほうじ茶で温め、一人きりの至福の宴を終えて席を立つ。
帰りがけに、古くからあるこの地の温泉饅頭を手土産に購入して、駅に向かう。
山の頂にある観音様に御礼とその山に別れを告げて、改札を抜け、すでに乗客を待つ電車に乗る。
そして、11時50分に別所温泉駅を発車した車両は、一応の中心地上田に、乗客を広いながら向かう。
ビールのほろ酔いと眠気が覚めた頃に上田駅に到着して、朝とは違う少しの賑わいの駅を出る。
駅前から上田城址公園に向けて坂を上り、高齢の両親が待つ実家に向かう。
母校を見上げ、高校時代を過ごした辺りから上田城の堀を回り、慣れ親しんだ公園を抜ける。

そして、昼過ぎに到着、半日だけの休日を終えて、また新たな一週間がはじまる。

令和七年 半日だけの安息のとある日曜日に。
栗岩稔