2025/03/25 10:00

春のセンバツが始まった夜には米国メジャーリーグの開幕戦が東京で開催され、
日本のプロ野球は今週あたりに開幕を迎えるらしい。
球春という少し懐かしく、ほろ苦く感じる季節になった。
センバツ出場校には馴染みある、最近よく出場している学校や新たに聞く学校だったり、
全てカタカナでどんな学校かすぐにわかる名前だったり、へえ、この学校もなんだとか、
さまざまにその名を連ねているところに時代が変わったんだと実感する。
今回特に、大阪地区からの学校が選ばれていないことに驚いたし、ここにも変化を感じる。
自分のなかではPL学園に始まりPL学園に終わる大阪代表のイメージが、
近年では大阪桐蔭や履正社だった大阪からどこも出場していなくて、
PL学園に至っては野球部が公式な活動すらしていないらしく、
高校野球の在り方も変わってきたのかなとか、近年の優勝校を見てもそう思う。
自分の世代で古豪強豪を思い浮かぶ限り、近畿地区から上げてみると、
今年が久しぶりと感じる東洋大姫路、市立和歌山、智弁和歌山、天理、
中国四国地区では、広島商業、高松商業、明徳義塾で、
関東地区では、早稲田実業、横浜あたりが今年も出場している。
こんなところにも時代の変化を感じるし、今の時代の戦術も含めて観ている。
この文章が掲載される頃にはもう二回戦あたりだろうから、
古豪強豪常連校もいくつか敗退しているだろうし、センバツらしい戦力や
それぞれの学校の特徴が見え隠れしているだろうから、ますます楽しみだし、
トーナメント表を眺めながら、どの学校が勝ち残るか予想しながら楽しく観ている。
この時期に重なるように、取り組みが荒れるといわれる大相撲春場所も行われている。
球春という、とても短く二週間ほどの自分だけの楽しみの季節が始まった。
けれど、そのはじまりの朝は久しぶりに東京に雪が降った、というより吹雪だった。
大雪や豪雪で被害を受けたり、豪雪地帯で暮らし、ご苦労されている方々には申し訳ないけれど、
何だか少しだけうれしくワクワクしながら雪の景色を眺めるとても寒い朝、
これまた久しぶりに小さなストーブを引っ張り出し、ひとり暖をとりながら、
画面のなかの快晴の甲子園球場で始まった開会式から観る楽しい朝だった。
午後には朝方の冷え込みを忘れるほどに晴れて気温が上がり、
ようやく迎える春分の節を実感しながら、年々身体に堪えるようになった寒い季節から、
ようやく楽になったと、たった数時間の間に体感することが出来た移ろいの一日、
晴れ渡った空に揺れる銀座の柳二世の新芽に東京の春の訪れを見て、
段々好きになっていくこの街のどこかで見つける小さな春が楽しみになってきた。
これからはきっと日に日にあじさいの若葉が大きくなり、ソメイヨシノの蕾が膨らみ、
風の向きや色が変わり、陽射しの角度と色が変わっていく流れの早いこの季節。
こんな始まりをまた東京で体感していられることがうれしくありがたい。
長らく余所者として暮らした東京で気付き学んだこと(勉学以外…。)、
映画、音楽、ジャズ、読書、装い、骨董、伝統文化に工芸、民芸。
そしてはじまりから100年を迎える、今も聴いているラジオ。
ちょうど今、昭和のミリオンセラーのヒット曲が特集されて流れている。
そういえば最近では、日本中誰もが一度は聴いたことがあって知られていて、
口ずさんだりすることが出来るヒット曲、ミリオンセラー、
日本独自(だと思っている)懐メロになりそうな楽曲って無いなと思う。
これもまた時代の変化だし、多様性というものの世の中なんだろうと思う。
かつては前年にヒットした曲を翌年の高校野球選手権大会の入場行進曲になって、
それだけでもワクワクしたけれど、今年のセンバツは全く知らない曲で、
十代の若者にはよく知られた曲なんだろうけれど、入場行進曲に限らず、
世代別によく聴かれている曲があって、それぞれにそれぞれの聴き方で楽しんでいるから、
昭和の頃のように居間で(サザエさんやちびまる子ちゃんのような)テレビを囲んで
家族が集まる時間があって、そこでテレビを観て音楽を聴いて、
何てこともないんだろうし、そういう自分もテレビを観ることはほとんどないし、
観るのは興味がある番組だけを選んでひとりで観ているし、
テレビ番組自体が音楽番組は少ないし、以前は各局にあった音楽情報番組では、
ランキングだったりのそれぞれの個性があって、遅めの時間帯では、
外国人アーティストを招いてステージを披露していたから、
そこで初めて実物を知ってワクワクしたりしていたけれど、
今は自ら探して情報を集めたり、手元でその映像もあわせて観て聴けるし、
その情報すら勝手に流れてくるし、まあホント、時代というものは
こんなにも変わり行くものなんだとしみじみ思う。
より一層の個人主義というか、自分だけの世界に入り込んで、
人によってはその世界だけに生きてしまったりしていると、
ひとつの音楽や映画を共有して楽しんだり、知らないことを知っている人から学んだり、
そういう他人と接して知識や見識を得ることもなく、必要以上のことはいらない、
知らなくても良いみたいなこともあるのかなとか思う時もあったりする。
そういう知り得ない情報、モノやコトを知ることが出来るのが酒場なんだけどなと、
自分の実体験からもそう想うし、実際に数え切れないほどに学び、糧になっている。
まあ、ホント、時代の変化というものを興味深く、面白いと思えるこの頃、
みなさんが今見ているスマホどころか、電話を持ち歩くなんて想像も出来なかった頃から、
この社会で生きているから今の人工知能が世の中の動きを助けたり、
支配すらするようになっていくかもしれないこの時代、
遠い未来の話ではなく、もう実際にあることが驚きだし、
子供の頃に観たアニメや映画、漫画のなかだけで描かれていた世界、
まさか実物大のガンダムが見られて、さらに歩くなんて思いもよらなかった今、
こんな激動の時代に生きていられることが幸いなことだと思っているし、
あと何年見続けられるかわからないけれど、とにかく楽しみながら、
自分の足元を固めて冷静に、恐れと感動と期待が入り交じった複雑な感情や
喜びと感謝に満たされながら。生きていきたいし、今もそうしている。
この先あと14回はソメイヨシノを観ることになっているけれど、
そこまで観られるかどうか予測不能のこの世の中で今日も蕾の膨らみを探して歩く。
さあさあ、今日のセンバツはどうかな、大相撲春場所はどうかな、がんばれー高安!
それにしても、ラジオの実況中継のアナウンサーの技術って素晴らしいと思う。
その情景が浮かび上がるけれど、煩くなく、音だけで伝えるラジオ番組。
映像を伝えられないこのカタチのまま激動の100年を伝え続けてきたラジオ。
今は特にラジオが心地よい、センバツも大相撲もほとんどラジオ、時々テレビ。
開会式と決勝、千秋楽とかとか…、ビール片手に楽しみたい。
令和七年 柳の新芽が揺れる球春の頃に
栗岩稔