2025/03/18 10:00


先日、黒澤明監督映画作品「影武者」を観た。

若い頃(1980年公開だから子供の頃!?)に観た時には全く何も感じなかった。
長編歴史大作の時代劇で、製作陣には、当時アメリカ映画のほうが上だと思っていた、
フランシス・フォード・コッボラとジョージ・ルーカスが名を連ねていて、
黒澤明監督だからではなく、その良さにも気づいていなかったから、
何故アメリカの名監督が日本の作品に関わるんだろう、とか思いながら、
興味本位で好きな歴史物だし、故郷では有名な合戦の主役の上杉謙信と武田信玄、
二人の名将が一対一の戦いをした川中島合戦もあったから観た。
観たけれど…、3時間を超える長尺に飽きたし、画面が暗くて集中出来ないし、
疲れるし、セリフの言い回しが理解出来なかったから記憶に残ることはなかった。
戦国時代の名将が数多く(当たり前のことだけれど…)キャスティングされているから、
そんなところだけが興味深く観たけれど、全く印象に残らず、観たことすら忘れていた。

大人になって改めて、日本映画の良さや黒澤明監督をはじめ、小津安二郎監督などなど、
世界的な評価を知って初めて興味を持ち、日本映画再発見という時代を経て、
最近偶然、これまた時代のありがたさのひとつ、デジタルリマスターされた
日本映画の名作の数々を放映することを見つけて録画予約までしておいて観た。
元来サブスクなど当たり前になっているモノは利用せず、
あえてその時期や季節に向けて放映されるラインナップを確認して、
洋画邦画(今さらこの言い方もおかしいけれど)を問わず、
自分が観たい作品や観たはずだけど忘れていたり、全く興味がなかったけれど、
今の自分は観たいと思う作品だったりを選んで(これまた便利に)観るようにしている。
映画好きを公言している割には受け身な映画鑑賞、そんな中で、
黒澤明監督作品が続けて放映されることを見つけて小躍りしながら予約しておいて観た。
これまで幾度もここに書いてきたけれど、歳を重ねて寛容になったのか、
感性が高まったからなのかわからないけれど、とにかく凄かった。
自ら築いていた洋画邦画の垣根を完全に破壊して、総合芸術作品のひとつだと実感した。

今時の映画で多用される効果音を使って演技表現を補うようなことはなく、
あえて無音、静寂という音の表現、余計な照明、当然時代的にはあり得ない照度もなく、
画面展開の静と動と陰と陽、当然のことのはずが今時は疑問に感じる演者の技術が
この映画では想像を超える演技表現、時代考証に隙のない舞台美術なと、とにかく凄かった。
余白すら感じる間の美しさに惹き込まれて長時間飽きることなく見終わった。
とても新鮮で初めて観た作品のように深い感銘を受け、
世の中の映画作品にはそれぞれ賛否両論があるから気にせず臆することなく、
とにかく素晴らしい作品だと言い切れるし、同時公開されたアメリカ国内での評価や、
フランスのカンヌ映画祭での受賞など世界的な高い評価を理解した。
作品に対する黒澤明監督の熱意や出演する作品に対する俳優陣の表現、
主役を務めた仲代達矢さん、脇を固める山崎努さんや大滝秀治さん、萩原健一さんなど、
数々の名優がその個性と演技で光を放っているものの、当初の主役候補で、
監督との意見の食い違いから降板した勝新太郎さんが武田信玄と影武者を演じていたら、
どういう表現をしたんだろうとか想像しながらも、圧倒される仲代達矢さんの演技に、
そんなことすら忘れさせる表現と美しい画面に吸い込まれるように観ることが出来た。

さらに自身の知識が深まっていたおかげで、細部に渡って気付きや発見があり、
より一層興味深く、例えば織田信長が戦に向かう出陣の時の城の石垣では、
ポルトガル人と思われる宣教師が祈りを捧げていたり、合戦を前にした本陣では、
徳川家康との会談の酒には「南蛮の酒じゃ」と飲む赤い酒とガラスの器に、
そうか南蛮貿易とキリスト教伝来の時代で、そもそも織田信長の甲冑が異質で、
西洋の中世騎士のような鎧を身につけて演じていたり、
風林火山の旗が赤が赤ではなく日本古来の紅色、当時はきっと傘には柿渋だろうなとか、
とにかく細かなところまで表現のひとつとされているところが面白かった。

子供の頃からの歴史好き、特に日本史好きにとっては映画の物語の舞台になった
長篠の戦いはこれまた戦国武将の自分の英雄だった織田信長と武田信玄の雌雄を決する戦い、
けれど戦を前に病に倒れた信玄の事実を隠し、弟の信廉息子の勝頼が率い、
武田騎馬隊を中心に組んだ戦術と織田徳川連合軍の時代の先端を行く、
南蛮渡来の鉄砲隊の三段撃ち戦術に敗れた戦国時代の転換期の重要な戦いのひとつ、
そう、歴史書でも学校の教科書にも必ず書かれていたこともあったから若い頃に観たように、
その歴史的解釈を映画という総合芸術作品のなかではどう表現力されるのだろう、
そういう面からも興味を持って最近また観ることが出来て、歳を重ねる楽しさも再認識した。

現代では研究が進み、これまで史実とされていた事に大きな違いがあるらしく、
当時、日本にいた馬は種類やサイズが違うから騎馬隊を組めるほどの力はなく、
織田鉄砲隊にしても三段撃ちするほどの鉄砲の数があったわけではなく、
戦の舞台になった地域や地形にも違いがあるなど、様々あるらしく、
そもそもが何十年も後になって書かれた「信長公記」という小説が広まり、
それが史実として認識されるようになっていたらしいけれど、それに幻滅することなく、
歴史というものは、その時代に勝った者、残った者の後世に残したい言葉、
だから、一方的に信じることは出来ないということも知ることが出来ているから、
実際にあった激動の時代の物語を映画で表現された芸術作品として観ることが出来た。

何かと気忙しく気苦労が多い、この木の芽時にとても良い気晴らしになった。

さあさあ、次は同じく黒澤明監督作品「生きる」が待っている。楽しみ、楽しみ。

令和七年 暑さ寒さも彼岸までが心身に堪える頃に
栗岩稔