2025/03/11 10:00

子供の頃、新潟の海で波にまかれ、大人になったらなったで、
小笠原の海で潮に流され、鎌倉では台風のうねりで波に拐われた人たちと、
その翌日の結末を目の当たりにしているから海の怖さを知っている。
調子に乗っていた若い頃、河川敷のバーベキューで、酒が入っているにも関わらず、
川に入って溺れかけたから十分過ぎるほどに川の恐ろしさを知っている。
仕事で訪れた奄美大島では、台風に遭遇して内地では知り得ない強い雨風にさらされ、
大の大人が4人乗った乗用車が転がりそうになったから台風の強さを知っている。
山登りの下山中に天候が急変した夕闇迫る雨の山中に足止めされて
包み込まれたその得たいのしれない闇のなかで山の怖さを十分知った。
豪雪地帯にある父親の故郷では雪の重みと雪崩の現場を見たから雪の恐怖を知っている。
東日本大震災では東京にいながらも強く長い揺れに恐怖と危険を感じた。
だから、自然の脅威は知っているし、畏怖の念は消えない。
けれど、大きな自然災害と被害は経験したことがないから実情はわからない。
かといって他人事だと思っているわけではなく、無関心なわけではない。
今でも、これまでもずっと心を痛めている、けれど何も出来ない自分をよく知っている。
お叱りをうけるかもしれないけれど、今自分の身辺で守るべきものがたくさんあるから、
抱えきれない事に対応したり、ボランティア活動とか募金とかは出来ない。
コンビニでお釣銭を募金箱に入れるぐらいしか出来ないけれど、
本当にするのであれば全て、一件一件全てに関わることか出来ないのてあれば、しない。
だからせめて、自分が暮らす町や生きている範囲で出来ることを出来るだけ、
今はこの大きすぎる都会の小さな路地裏や生活している町で出来る範囲でしている。
ただとても感じることは、やっぱり人間が一番怖いのかもしれないと思っている。
通りや軒先に散らかるゴミの数々、先日は何故か靴下までもが落ちていたり、
タバコの吸い殻が今この乾いた季節の枯れ葉のなかに落ちていたりする。
間違って枯れ葉に火が移ったらボヤどころか火事になるし、
捨てられたゴミが排水溝に詰まったら水が溢れて水害になる。
ゴミを捨てた人がいなくなった町で事故、災害、人災になる。
たくさんの人が行き交い過ぎ去る町ではきっと独りよがりの行動になるだろうから、
パニックになるかもしれないし、誰かが何とかしてくれるという無責任さで、
投稿写真や動画を撮って自身のSNSだけを満足させるだけかもしれない。
たまたま訪れた町や通りすぎた場所にはもういなくなるから他人事、
そう思っているかもしれないけれど、もし自分が暮らす町や自宅の玄関先で
ゴミや吸い殻が捨てられていたら、どう思うのか問いただしてみたい、
そんな気もするけれど、そんなことはせずに半ば諦めている。
その人に責任を求めることはせずに淡々と出来ることを出来るだけするようにしている。
そうしなければ継続出来ないからそうしているけれど、何だかとても切ない。
1945年3月10日午前零時の深川で、日本の軍事産業の下支えになっているという、
米国の根拠不明な認識が理由で、東京下町を中心にした東京大空襲が始まった。
その40年後の1985年3月20日朝、
戦時中のナチスドイツが殺人化学兵器として研究開発した猛毒物質サリン。
それを現代、自らの手で生成出来るほどの頭脳と技術を持った若者が信じていた教団に、
あらぬ方向に先導されて地下鉄車内や構内に撒き散らした地下鉄サリン事件が発生。
対戦国、自国問わず無差別にたくさんの人間を殺そうとする、
独りよがりで利己的な考えから起きた同じ人間に対する、自然ではない人間の所業。
今でもどこかで続いている様々な人間の所業にやっぱり恐いのは人間かな、と思う。
2011年3月11日午後2時46分に発生した東日本大震災と福島原子力発電所の事故。
以来20000もの人命が消えて、何万人という人の暮らしが奪われたあの日。
人間の愚かさと恐さと強さを感じたし、元通りには決してならないけれど、
再生する自然と人間の暮らし、その後もたくさんの自然災害が発生していて、
これからもっと強い自然災害が発生するのだろうけれど、
人類と自然は必ず何かしらのカタチで再生していくのだろうと思う。
だからもう少しだけ、個人個人が自分の町ではないところでも、
その町やそこにいる人たちのことを想ってくれたら良いなと思う。
これを書いている昨夜、深夜零時過ぎのいつもの帰り道の横断歩道、
深夜の休憩をしている運転手がタクシーを止めている通りを渡るためのそこで、
停車中のタクシーが走り出しそうだから、いつも必ず信号が青に変わるまで待つ場所で、
いつものように、冷たい風が吹き抜ける、誰もいない中で待っていた。
信号が変わり渡ろうとしたけれど念のため、気になったので右を見た。
すると、急に走り出したタクシーが車道の赤信号は関係なく目の前を通り抜けた。
そして、左折してアクセルをふかし走り出したその一瞬、
あと一歩前だったら轢かれていたなと思いながら歩き出し、
あーやっぱり怖いなー人間社会は、と怒りを覚えることなく冷静に無事帰宅。
以前にも書いたけれど、「カエルくん、東京を救う/村上春樹著」だなと苦いビールをいただいた。
木の芽時には人の心も身体も変化すると誰かに聞かされたことを思い出す。
けれど、そんなことだけでは済まないような気もしている昨今、
こんなことばかり言っていては老害とか言われちゃったりするんだろうけれど、
自然災害よりもたちが悪いようにも思う人災だったり、人の所業、
そんな人間社会のあれこれにこの老害で立ち向かっていったらどうだろうと思ってみたりする。
今日2025年の3月11日は、もうなのか、まだなのかは人それぞれ、
2011年のこの日から14年が過ぎた、東日本大震災が発生した日。
なんだかとても、だいぶ前から切なかった3月という月の今日という日に。
令和七年 木の芽時には心身ともに町にもご留意を
栗岩稔