2025/02/04 10:00


全人類に唯一平等に定められた時間と暦。1年は365日で4年に一度は閏年。

太陽が地球の周りを一周する日数は365.2422日で四周すると1460.9688日で、約1461日。
暦で4年分は1460日になるから1日多い。だから4年に一度は1日増やした閏年として調整する。
何でも、100で割り切れる年はそうでなくて、400で割り切れる年はそうすると定められている。
誰がいつ計算して定められたかは知らないけれど、そういうことになっているから、そういうこと。

地球上に暮らす全人類が見ることが出来るけれど遠く遠く、遥か遠いところから
照らしている太陽が地球の周りを回る太陽黄径、これを基にもうひとつの区切りとして、
立春、立夏、立秋、立冬の四立(しりゅう)が定められ、それぞれを六分割された二十四節気。
これもひとつの暦として存在し、自分はこれに馴染みがあって体感しながら暮らしている。
この四立を定めているのは国立天文台で、地球の回転軸に対して太陽黄径が315度になる瞬間のその日が立春ということにしているらしく、
2025年の今年の立春は2月3日、いつもだったらこの散文か更新される火曜日が2月4日。
広く認識されている2月4日から4年に一度は1日ずらすということも定められているらしい。
だから今こうして書いている今日2月2日曜日が節分、豆まきをする日となる。
改めて考えるとやはり2月4日が立春として体内時計のように刷り込まれていることを感じる。

この四立を基にした暦をはじめとして日本が多大なる影響を受けた古代中国では、
季節の運行を民衆に知らしめ行動に移す指針を示していた支配者が民衆を支配するために用い、
新しい年のはじまりを知らせた期間が春節、そのおわりではじまりの立春。
太陽の動きだけで算出されたこの暦とアジア地域、特に日本では、
季候との関係はないために今が一番寒い時期だし、今年も立春寒波で南岸低気圧やらで、
東京都心でも雪が降るとして大雪に対して注意喚起しているけれど降らないだろうし、
降ったとしても雨だろうし、雪になったとしてもわずか、1、2センチだろうし、
地熱が高いからすぐに溶けるだろうから、そんなに影響はないだろうし、
日曜日で通勤客が少ないから交通に大きな影響は出ないだろうし…。
まあでも、降ったとしたら踏ん張りが効かない足腰になっているから気を付けないと…。

などと思いながら、そういえば昨夜来た久しぶりに顔を出した50代を迎えた男性が、
足をあげたつもりが上がっていなくて転けて顔面を激しく打ち付けて怪我をした、
だからしばらくぶりだったと、苦笑いをしながら詫びていた。
もちろん、自身も経験者として、とても納得出来るし、その痛みもわかる。
そんなことを思い出しながら、寒すぎて早すぎた目覚めをしてしまった日曜の朝。

ボンヤリ眺めていた報道番組が淡々と伝える、相も変わらず人間の感情のもつれから
起きた事件や事故は人類の時間軸と自然界の周期のズレからくるもので、
心身に及ぼす影響は少なからずあるのだと思うし、どうにも理解出来ない諍いや争い、
民族間、宗教間の対立といった人間界の所業は自然界に関係なく起きているけれど、
影響は受けているし、かえって人類が多大な悪影響を及ぼしていると思う。
でも、いくら考えてみたところで、自分ひとりではどうにも出来ないことばかりだから、
それぞれにさまざまなところで対処してもらうことしか出来ないことだとも思う。
などなど、ボンヤリと思いながら、無事に終えた1月最後の酒場の夜を考えた日曜の朝。

以前の酒場から忙しい時間をぬって帰宅前の一杯を楽しみに来てくれていた若者。
20代初めから続き、今では30歳を迎える彼が週末の夜にも訪ねてきてくれた。
その時のカウンター席ではすでに、こちらもまた以前からお付き合いのある初老、
といっても若々しい男性が自身の会社の部下と会食後に連れ立ち、
水割りを独特の口調で社員に説明しながら楽しむ一杯だけの時間を
いつものように時を刻みながら飲み、7席ある席はすべて埋まっていた。
若い彼はひとり窓際の席でいつものハイボールを静かに、いつもとは違う飲み方でそこにいた。
その様子の違いに気付き、水を持ちながら、カウンター席はすぐに空くことを伝えた頃、
時を計ったかのように初老の男性は会計を促し、流れ去るようにカウンター席が空き、
入れ替わりにいつもの席に座った若者がポツリポツリと、親友のこと仕事のことを話し、
最後に婚約したとのうれしい知らせに、思わず他の客を巻き込んでの祝いの言葉を浴びせた。
10年以上も顔を付き合わしているその佇まいにだいぶ大人(当然大人だけれど…)になり、
良い歳を重ねたことを実感しながら終えたその日は開店からうれしいことばかりだった。

還暦を前に、酒に関わってきた人生の集大成に酒を作る仕事に挑むことを伝えに来た男性。
25年来、当時の海辺の酒場の閉店間際に初めて出会った男性が還暦を過ぎた今、
歳を重ねながらも以前と変わらない飲み方でまったり過ごす姿を見せてくれた。
この仕事に就いて25年以上もつながる人の縁のありがたさを感じる良い一日になった。

25年という時間の単純な積み重ねのなかでも、ひとことでは言い表せない流れがあり、
全人類が同じ時間軸でもそれぞれの人の時間があり、人間ならではの感情があり、
刻まれる時のなかに、それぞれの人の物語があって、その時間に生きている。
生きているけれど、この世の中では何があるかわからないし、あすも生きているかわからない。
でも今こうして、この街に生きていることが楽しいし、これから先ももう少しと思う。

人間が人間のために作った公園、隙間を埋めているかのような公園にも作られた自然がある。
土が入れられ草木か植えられ花が咲く、と気付きうれしく眺められる歳になった。
その公園にも水仙が咲いた。いくら人間が作った自然だとしても季節が流れている。
公園の草木や花や小さな虫も、その公園にある自然のなかで季節を刻んでいる。
それがなんだかうれしいし、今それが都会のなかの小さな春なんだと思う。
あ、そうか、これが♪ちいさいはる、ちいさいはる、みーつけた♪だ。

令和七年 2月4日ではなく2月3日の立春に
栗岩稔