2024/10/08 10:00


日曜日からはじまり、月曜、火曜、水曜、木曜、金曜、土曜日で終わる一週間。

西暦を取り入れる前の日本にはなかったこのルールも今では日本中が則っている。
西暦だから日曜日を休日、安息日として月曜日から人の営みがはじまる。

このブログが更新されるのは火曜日にして月曜日を避けた理由もそこにある。
週のはじまりの月曜日は何かと多用で良くも悪くも気持ちに余裕がなく、気忙しくなる。
そんな中で独り言のような散文を読んでもらう時間を割くことも少ないと考えた。
水曜日以降後半というのは何となくピンと来なかったからという理由から週の前半にした。

たった200年前の江戸の頃の日本にはなかったものがいつしか定着していることが面白い。
グレゴリオ曆の基礎を定めた古の人は地球の周りに
ある惑星から決めたという。
月曜日は一番近く、地球と周期を共にするる月、人類の暮らしに影響を及ぼす月。
だから太陽に次いで営みのはじまりにしたのかな、と考えたりしている。

人類が定めたその月曜日は人間の所業の様々な事件事故が起きている。
凶器的な殺人、無差別に人々を巻き込んだ凶悪犯罪、世界を震撼させた独裁政権の誕生。
これはただの偶然のように見えるけれど、そうとも言えないような気がする。
カーペンターズの名曲にもあるように、雨の日と月曜日は苦手だったり、気が滅入ったりする。
その内向的なものが外に向けて発散するようなところもあるのだろうとも思う。
無差別に薬品を地下鉄車内で撒き散らした事件はあえて月曜の朝を狙ったとも聞いた。
そんな自分も子供の頃や若い頃には月曜日も雨の日が苦手だった。
今となっては想像も出来ないけれど、サザエさん症候群的な憂鬱な気分で月曜日を迎えていた。
今は雨の日がかえって好きだし、月曜日だからということはなく、曜日感覚もあまりなく、
客観的に捉えているから苦にすることもなく、リラックスして、
社会全体が迎える営みのはじまりである月曜日を過ごしている。
どちらかというと、期待感と安心感、時には心地好い緊張感をもって迎えている。
今こうして書いている文章も更新前日の月曜日に最終確認を落ち着いて出来ている。

そんな今週のブログが更新される翌日の10月9日はジョン・レノンの誕生日。
生きていれば84歳を迎えるジョンを見たいかどうかはわからない。
40歳という若さでこの世の中からいなくなったから、伝説化したところもあると思う。
生きていたらどういう活動をしていたのだろうかという興味はあるものの、
いないものはいないので、希望的観測の範囲を超えないだろうから、今考えても仕方がない。
そんなジョン・レノンが凶弾に倒れたのは、12月9日月曜日。
J.D.サリンジャーの「ライ麦畑でつかまえて」を愛読していたマーク・D・チャップマン。
彼がその小説の一節に触発されて凶行に及んだといわれている。
1980年のクリスマスを迎えるマンハッタン、ダコタハウスの前でジョンは撃たれて死んだ。

当時小学生だった自分には、映画のようなその報道をただボンヤリと眺めていた。
これといった感情もなく、音楽関係者が涙するのをただボンヤリと眺めていた。
あー、そんなに有名な人だったんだ、ぐらいにしか感じていなかったけれど、興味が沸いた。
その後、サリンジャー小説を読破し、ジョン・レノンという人の音楽に浸かり、
人となりや生き様に引き込まれ、ジョンと同じ眼鏡を買い、同じ髪型にした。
もちろん、彼が晩年を過ごしたニューヨーク、マンハッタンにも興味を覚えた。
けれど所詮憧れでしかなく、遠い異国の街で訪れることはないであろう世界の中心地だった。

上京して、アメリカに近づいた。
その後、まさかの行くことになりマンハッタンを体感して憧れから大好きな街になった。
もちろん、訪れる度にダコタハウスの前まで行き、ジョン・レノンを感じた気になっていた。
仕事抜きで行くようになってからは、10月第2週、ちょうど今頃を狙って訪れた。
ジャズのスタンダードナンバーにもなっている美しい季節だから、ということはありながら、
ジョンの誕生日と自分の誕生日が近いからという大きな理由もあった。
過ぎた一年と迎える一年の境目の誕生日近辺には馴れ合いの日本で迎えるではなく、
知り合いもなく、素でいられる街で自分を見つめ直し、考えを深めたく、そこにいた。
マンハッタンでは何をするわけでもなく、本を一冊持って散歩した。

朝は早くから、決して美味しいとは言い切れない屋台のコーヒーとベーグルを5ドルで買い、
セントラルパークで朝食を摂り、午後にはパプやオイスターバーで酒と昼食、そしてまた散歩。
夜にはジャズクラブで音に酔い、深夜にホテルの部屋で寝酒を飲んだ。
そんな中でも、ダコタハウスの前、セントラルパークの一角に設置された記念碑、
ストロベリーフィールズは毎回訪れて手を合わせる、儀式のような習慣は忘れなかった。
それが、自分にとっての年中行事、マンハッタン散歩だった。
だから、10月の今頃はよくニューヨーク・マンハッタンにいた。

56回目を迎える今年の10月第2週はここ東京、銀座木挽町で酒場にいる。
55歳からのラストランと言い続けてきた1年目となる55歳に酒場を預かり、
無事に1年目を終わろうとしている今、ラストラン2年目に酒場も2年目を迎える。
この人のつながりとご縁には心から感謝しているし、ありがたさが身に染みる。
今ここにいることがうれしいし、使命とも思っているし、ここにいられることが感慨深い。

でも、ほんの少し、ちょっとだけマンハッタンには死ぬまでにもう一度だけ訪れてみたいと思う。
今の自分が25年も前の自分とどう変わったのかをあの街で体感してみたい。
大きく変わっているだろうあの街で変わらずそこにあるモノを探してみたい。
けれど、いつか行けたならば、それで良い。今はここにいるし、ここにいたい。

月火水木金土日、日本ではわりとこの順序。
月曜日は月の曜日。月曜日がしんどい時には月を見上げたら良いかと。
いずれにしても週のはじまり月曜日はくれぐれもご留意を。佳き一週間のはじまりになるように。

あ、そろそろ運転免許証の更新、ということは次回の更新は還暦過ぎ…。
どうでしょうね、その頃には…。

令和六年 素数ではないけれど2年目と56年目のはじまりに
栗岩稔