2024/08/27 10:00

今日の酒場の音を決めた。
ケニー・バロンのビアノ、しかもデュオを中心にと決めた。
ケニー・バロンとジョルジュ・ロベール、ざわついた今にお似合いのピースから、
バイオリニスト、レジーナ・カーターとの実験的かつ意欲的な名盤、
そして愛聴盤でライブにも行った、ベーシスト、チャーリー・ヘイデンとの名演、
大都会の深夜にこれ以上ない、ナイト・アンド・ザ・シティで締める、
その間は来店する世代や男女比、会話の内容や強弱、来店数の多少とグルーブ感、
そんなことを考えながら変えていく、臨機応変に、いつものようにそう決めた。
町全体が暑くなりすぎて疲れを感じるその日も、落ち着きや鎮静感、
そんな空気感を演出するように流れを作って酒場の夕暮れから夜が始まった。
江戸から東京に大変貌を遂げた頃から町を作ってきた建設会社の3人が来た。
よくありがちな職場の人間関係のことで話が始まった。けれど前向きな内容で。
これまたよくある「オレの若い頃」を話しながらも、時折耳を傾けている様子で、
置いてあるCDジャケットに目をやりながら、突然話しがこちらに振られた。
「マスターはどのあたりのジャズが好きなんですか?」と。
「どのあたり?そうですね、ジャズだけでなく音楽全体、ですけどね。」
そう答えになっていない答えでやり過ごし、反対側の立ち位置に収まり、
一定の距離感を保って聞かない素振りで聞こえる会話を整理しながら、そこにいた。
「いや、僕はさ若い頃にチック・コリアに衝撃を受けてね」と話しながら、
親に無理を言って留学したロンドンの話しに変わっていった。
そこで考えた。
このままチック・コリアとゲイリー・バートンのデュオアルバムに切り替え、
5曲目のセニョール・ブルースを終えたところで次のアルバム、
ミシェル・カミロとトマティートの名盤スペインの2曲目を挟むと決めた。
その後はマイルズ・デイビスのフラメンコ・スケッチで盛り上がりを抑え、
会話の強弱を演出する流れを作り、また流れを戻す、そう決めた。
チック・コリアとゲイリー・バートンのクリスタル・サイレンスが流れる頃、
彼がロンドン滞在時に寂しさを紛らわすために持参したものの話しをしていた。
ウォークマンとカセットテープ数本、そのタイトルはマイルス・デイビスのカインド・オブ・ブルー、ウエス・モンゴメリーのフルハウス、
ビル・エヴァンスのアンダー・カレント、そしてチック・コリアのスペインだったと。
会話には入らないようにしながらも、親近感を覚え、選曲の流れと照準が定まった。
ミシェル・カミロとトマティートのスペインが流れると、
「そうそう、これこれ、スペインね…。今でも朝出勤の時は聴いてるよ。」
「持参したカセットテープにチェット・ベイカーはなかったんですね。」
「あの頃はまだ西海岸の音楽には興味がね、あまりね。」
「あ、そうでしたか…。」
自分より少し上、還暦をそろそろ迎えるであろうその男性に親近感、というより、
ジャズおじさんとしての勝手な仲間意識みたいなものが生まれ、
暑かった日の酒場のその数時間の自分の仕事に納得することが出来た。
帰り際、このアルバムは是非、と流したのはチェット・ベイカーとポール・ブレイ。
チェット・ベイカーの最晩年の名演で愛聴盤のひとつだった。
常々、音楽も会話とコミュニケーションと位置付けているからこそ、
心のなかでガッツポーズをするほどにうれしい数時間になった。
言葉なくともコミュニケーションがとれる、そう再認識した。
海辺の町の酒場にいた頃、夜毎集まるジャズメンとよく話したことがある。
もし無人島に流れ着いても持っていたいアルバムと告別式に流す曲のこと。
ピアニスト、ベーシスト、サックスブレイヤー、音楽プロデューサー、
それぞれがもちろん違うし、違いやその選び方が面白かった。
ビアノソロでしょ、いやいや誰かの声を聴きたいからボーカルアルバムでしょ、
明るく前向きでいたいからラグタイムでしょ、はたまた無音で、とか。
当時の自分は、無人島ではビル・エヴァンスのアローンで告別式では、
ルイ・アームストロングのワット・ア・ワンダフルワールドだと答えた。
そんなことを思い返しながら、今はビル・エヴァンスではなく、
セロニアス・モンクのソロモンクと告別式は変わらず、だな、なんて。
大都会の片隅で無事酒場を終えたその夜にひとり大音量で楽しんだ曲目は、
マイルス・デイビス、カインド・オブ・ブルーから、ブルー・イン・グリーン、フラメンコ・スケッチ、
次にはビル・エヴァンスの最晩年のソロアルバム「アローン・アゲイン」から
サム・アザー・タイムでその日を締めた。
やっぱり、ジャズおじさんだったことを密かに楽しんだ。
令和六年 サマータイムよりオータムリーブスを聴きたい8月の終わりに
栗岩稔
追伸、次は70年代ソウルにしようっと。