2024/06/25 10:00

日曜の朝7時半の新幹線ホームにいる。
気忙しく出かけた結果の早すぎる到着。
大混雑でどこへ逃げても人、人、人の駅構内ではすることもなく、
22番線発車ホームに上がり、先発と書かれた赤枠の先頭に立ち、
梅雨入り前の澄んだ青空と幾重にも連なるプラットホームのコントラストと、
それぞれに行き交う人の波を眺めながら日曜の朝を楽しんでいる。
一人また一人と伸びていく、日本ならではの整然と並ぶ先発隊の列。
その後方からひそひそと話す声とこちらを見ている視線を背中に感じる。
中年女性二人の言動に、何かしたっけ?何かついてる?大丈夫か自分?と、
困惑しながらも平静を装い、動揺を隠しながら列車到着を待っている。
左手からメイクバックのような荷物を抱えた女性がすぐ後ろに合流して、
独特の雰囲気を漂わせていた背の高い女性と話し始めたその声に、
旅番組やドキュメンタリー番組で見たり聞いたりするタレントだと気がつき、
後方女性の視線の先が自分に向かっていなかったことが判明し、
あまりの自意識過剰ぶりに呆れて、苦笑いして、安堵する。
予定時刻と寸分違わず、日本が世界に誇る美しい車両が到着して静かに停車する。
これもまた日本ならではの親切なアナウンスが流れ、車内清掃スタッフが乗り込む。
それぞれが余計な動きを一切せず、抜群のチームワークで客席が整えられる。
発車時刻3分前にドアが開き、人の列が乱れることなく進んで乗車し、
背中に感じていた緊張と気恥ずかしさから解放され、自分の席に身を沈める。
誰も乗り遅れることもトラブルもなく、2分後の定刻通りに発車して、
静かに走りだした新幹線の8号車とともに始まる、それぞれの日曜日。
18番Dの男は座るとすぐに、家では時間を取れなかったと思われる、
ラベルを剥がしたペットボトルのブラックコーヒーらしきものを飲み、
そのまま、取り出した少し厚めの本を開いて頁を送り読み始め、
別に取り出した、細かい文字がびっしりと書かれた紙と読み比べる。
読み終えた本と紙を膝の上のカバンにしまうと、あっという間に寝落ちする。
18番Eの男が発車と同時に立てたプシュッという音にビールの開栓を知り、
旅を始めたその男は窓際のフックに掛けたキャンバスバックを探り、
取り出したサンドイッチで朝食を摂り始め、2回目のプシュッという音を立てる。
炭酸の度合いが違うその音にチューハイ系と推察する飲料と
2個目のサンドイッチでお腹を満たし、3回目の音を立てる。
プシュッ、ポリポリという音にツッコミを入れたくなるその早さに驚きながら、
同世代の男のひとり旅の良き始まりを心のなかで祝福する。
乗車とともに自分たちの席を回転させ4人席に変更した20番DとEの女性。
進行方向を背に座る前から咲き始める会話の花に、
次の停車駅から合流した19番DとEの女性も加わり、咲き乱れる大輪の花。
筒抜けのその内容に、ある程度の社会経験を積んだ女性たちの人生模様を垣間見る。
通路を挟んで反対側、真ん中のB席には荷物が座る19番AとCの女性。
会話のリズムやイントネーションに関西からの旅行者と見当がつく二人の
流れるようなリズミカルな会話と留まることのないメイクアップの手の動き。
朝の光が反射して閉じられたコンパクトに変わって始まるヘアメイク。
自分を映す鏡がないままに、起用に進んでいく三つ編みする手。
確認を求めた友人の「きれいに出来てるやん!」の言葉ではじまる二人旅。
足と膝を揃え、リクライニングシートを倒すことなく座る18番Cの女性は、
座席に吸い付いたように真っ直ぐに、膝に抱えたカバンの上で、
B版のキャンパスノートにシャープペンシルで何かを書き続ける。
覗きこむことはなくとも横目で、日記のような自分の心の声のような、
そういうものを書いていると思える女性には旅行気分は感じない。
一切姿勢を崩すことなく黙々と書き続けるその姿に別の日曜の朝を見る。
発車した時には確かに座って話していたはずの17番DとEの女性。
用を足すために席を立つと、朝日を浴びて寝入るその姿に別の日曜日を見る。
三都県目の境を越えた1時間後には、
19番Bの荷物とA、C、D、Eと20番D、Eの女性陣が下車していき、
18番Eはスマホで何かをじっと見ていて、Dはまだうとうと、ボンヤリ、
18番Cは未だに姿勢を崩す気配もなく書き続けている、というなか、
ドアが閉まって発車した8号車に静けさが広がる午前8時50分。
8号車に別れを告げた午前9時20分の目的地。
はかない時を共有した人々にとって良い一日であることを願いながら、
降り立ったホームには、自分以外は楽しげな日曜日の朝の景色が広がっている。
梅雨入りが遅れた晴天にそれぞれの日曜の朝の2時間半の物語。
全人類にとって唯一平等で制限された時間が少しでも平穏でありますように。
みなさま、良い旅を。
令和六年 封印していた人間観察日記を…。
栗岩稔
追伸、もうしませんので今回だけはご勘弁を。でも、楽しかったなぁ…。