2024/01/09 10:00

ふり返るばかりではダメでしょ、と言い聞かせながら…。
どうしてもこの年齢になると、そうせざるをえないことが多くなる。
まだ成人の日が1月15日だった時代に迎えたあの時から
35年の年月が流れ、住む場所も環境も変わり、55才になった。
酒場という、老若男女問わず肩書きや何やらを抜きにして、
人と人が交流する場に長らくいると、その年月が奥深いものになる。
今でもあの頃に生まれたであろう世代と共に過ごすことが出来る、
そんな時間のありがたさを身を持って感じているからこそ、
面倒臭い「俺の若い頃は」話をしないように心掛けている。
もちろん、訊かれたら答えるようにしてはいるものの、
大好きな映画のあのワンシーンのようにいくわけもなく…。
2000年春に公開されたデイヴィット・リンチ監督作品
「ストレイト・ストーリー」のあの言葉。
10年もの長い間、些細なことから仲違いをしていた年老いた兄弟。
ある日、遠くに暮らす兄が脳梗塞で倒れたとの連絡が入る。
腰を悪くして歩くことすらままならない弟アルヴィンが、
決して後悔することのないように、自力で会いに行くと心に誓う。
自分の唯一の足である小さな小さなトラクターで
500kmの道のりを、遥か彼方まで、ただ真っ直ぐに。
その道中での人々との交流を描いたロードムービーの名作。
主人公であるアルヴィン・ストレイトにリチャード・ファーズワースが
公開後に亡くなるほどの病を押しながら役に取り組み、
兄には「バリ・テキサス」など数々の名作での演技に定評のある、
ハリー・ディーン・スタントンと、二人の老齢の名優が演じた、
実際にアメリカ国内であった話を基にした感動の物語。
その中で、年々心に染み込んでくるセリフがある。
生き急ぐほどのスピードで過ぎ去っていく自転車で旅を楽しむ若者たち。
彼らを横目に歩みを進めたアルヴィンが深夜にたどり着いた公園。
そこでは、その若者たちが待ちかね、拍手で迎えられる。
ひとときの休息の中「年を取って良いことは?」の質問に、
「良いことは経験を積んで分別がつくようになったこと。」と答える。
「じゃあ、悪いことは?」とすかさずの質問に、
「悪いことは若い頃のこと全てを覚えていることさ。」と。
こんな名言は出てはこないものの、何かしらの経験が、
誰かの役に立つのであれば何でも話すと決めている。
暑苦しくならないように、面倒臭いおじさんにならないように。
ただただ、事実だけを包み隠さずに。
これまで酒場を通じて出会った若者たち。
恋愛の危機を超えて素晴らしい結婚式に招待してくれた二人。
彼らが子供を連れて来てくれたその時に、
おじいちゃんになる気持ちとはこんなものかと実感した、うれしい時間。
15年前から共に仕事に取り組みながらも自らの不義理で
音信が途絶え、当時はバツイチだったはずの男が、
再婚と親父になる知らせを持ってきてくれた、うれしい時間。
当時はベビーカーに乗っていた赤ちゃんがカウンターに座り、
オレンジジュースを飲む姿を見ることが出来る、うれしい時間。
この子供たちが酒を飲むことが許される年齢になるまで、
いるかどうかはわからないし、抗うつもりもない。
けれど、10年以上通っている同い年の男が二人、
30才半ばを迎え自分たちの子供について語り合う様子や、
未成年だったはずの兄妹が親父と酒を飲み語り合う様子にも、
流れ行く年月というものに感動と感謝をしている。
未だに違和感を覚える成人の日を今年も迎えた今、
改めて年を重ねることが出来るありがたさを強く感じ、
寒さが骨身に染みることも体感する、一年で一番寒い頃。
もう少しだけ時の流れを感じていこうかしら。
令和六年 時の流れに身をまかせられる今に
栗岩稔