2023/12/05 10:00


12月になった。

皆が口を揃えたように、あっという間に今年が終わるとか、
年々、時間が早く過ぎていくように感じるとか、言っている。

そんな自分も例外ではなく、ひとつ年を取るたびに、年々早まる、過ぎ去る時間の速度を実感するこの頃、
毎年、必ず聴いているジャズのアルバムがある。
DUKE JORDAN/FRIGHT TO DENMARK
1940年代のアメリカ、ニューヨークを中心に活躍し、
1950年代にはビバップのプレイヤーとして名を馳せていく、
ジャズピアニスト、デューク・ジョーダン。
人種差別の渦中の1960年代には他のミュージシャン同様、
演奏する場を奪われて、仕事が減り、生活に困窮して、
イエローキャブのドライバーとして日銭を稼いでいた。
そんな祖国アメリカに嫌気がさした彼はヨーロッパに渡る。

作曲家として名曲を残した彼が担当した映画「危険な関係」
フランス上流社会の退廃的な様子を、名優ジャンヌ・モローと、
最後の主演となったジェラール・フィリップが官能的に演じ、
本国では上映禁止になり、輸出禁止にされることにもなるなど、
話題を博したスタイリッシュなモノトーンで艶がある映画。
その美しい映画を彩るジャズのナンバーを、当時最高と言われた、
セロニアス・モンク、アート・ブレイキーらが担当した。
その楽曲を演奏することはなく作曲家として参加し、
後世に残る彼の代表作となっていく1959年発表の映画。

そんな名作の数々を残しながらも生きる糧を失い、ヨーロッパに渡る。
デンマークに居を移し、1972年に発表された、
DUKE JORDAN/FLIGHT TO DENMARK
厳しい冬の寒さに包まれるデンマークの雪景色のジャケット。
厳しい季節の中にも温かな希望を見出だす生活のように、
雪景色に佇む彼のビアノの調べにも温もりが感じられる。
名作、名演を残しながらも、当時のアメリカ社会では
生活の場を奪われ、生きることさえままならなくなる。
そんな彼が遠く離れた北欧で紡ぎだす音の表現、
そこにあるやさしさや哀愁、そんな気配が漂う。
なかでも、3曲目、EVERYTHING HAPPENS TO ME 、
これは堪らなく身体全体に染み渡ってくる、大好きな一曲。

ほんの少し前までの季節外れの暑さすら忘れるほどに、
急に冷え込んだ12月のはじめ、
このアルバムをヘビーローテーションしていた土曜の夜に、
当時22才の若者だった男が15年ぶりに新しい酒場を訪れた。
自分の夢を熱く語り、思い悩みながらも前進している彼と、
あの時の路地裏の酒場で語った、たくさんのことを思い出す。
「あの日から、自分の夢を実現したらまた、この水割りを
いただこうと思っていたんですよ。それまでは我慢しようと。
この前はコロナ禍で会えなかったし、その後はお店もなくなって。
でも今こうして、15年ぶりにいただけました。
いやー、本当に美味しいですね、この水割り…。」
寒さが身体に堪える55才の12月のはじまりか温かな時間になった。

1922年生まれのデューク・ジョーダン。
生きていれば100才を越えている。
1970年以降には頻繁に来日して演奏をしているし、
ごく身近な横浜でもソロライブアルバムも残している。
生でライブを聴きたかった、と心から思う。
特に寒い冬にウイスキーでも飲みながら。
50代の彼の音を。

DUKE JORDAN、彼には夢とかあったのかしら、
アフリカ系アメリカ人として生きたあの頃のあの街で、
夢すら持てなかったのかな、なんて思ってみたり、
表現者として何かを残した彼は幸せだったのかな。
そんなことを思いながら、終えた一週間。

全くもって、師ではないけれど、走り抜けようかな。
走れるかな…。

令和五年 雪化粧の故郷の山が懐かしくなる頃に
栗岩稔