2023/05/30 10:00

見ず知らずの町の一本道を走っている。

車内には家族全員が乗っている。

到着した先で両親が中に入っていく。

足が悪かったはずの母親が慣れた様子で歩いていく。

残された家族はすぐに用事が済むものと思っている。

大名屋敷のような軒先で待っている。

まだ抱き抱えられる子供の小ささを懐かしんでいる。

目の前に構える大きな山に安心する。


屋敷の中から顔を出した父親が手招きしている。

どうやら中に入れとのことらしく門をくぐる。

温泉旅館のように思われる長い廊下を歩いていく。

大広間、大浴場を過ぎて奥座敷にたどりつく。


たくさんの人がそこにいる。

子ども、大人、老人。

姉の家族もそこにいる。

これまでに見たことがない笑顔の母親がいる。

楽しそうに話を弾ませる母親の様子に戸惑う。

同級生らしい老人と酒を酌み交わす父親がいる。

満面の笑みで酒を飲むその姿に驚く。


たくさん過ぎる子どもの中でも年長らしい女の子が近づいてくる。

緊張するほど美しいその子に案内されて座布団に座る。

たくさん過ぎる子どもの訳の問いかけに「みなしご」と答える。

その子どもたちと楽しそうに遊び出す我が子の様子に驚く。

年長の子どもに東京のことを聞かれる。

未だ答えが見えないとの答えに「あ、そう」と立ち去る。

そして、また手伝いに戻る。


ついては離れる知らない子ども。

相手は知っているかのように挨拶をする知らない大人。

戸惑いながらも穏やかで温かな時間に心が和む。


大きくて長い机の上に湯気の立つ鍋がある。

周りには何もない鍋から出汁の香りが立ち上る。

美しい豆腐を丁寧に運ぶ少年。

手元に並べられる箸と器。

器の底には雪のように白い塩がうっすらと広がる。

網目の杓子で豆腐を静かに入れる鍋将軍の少年。

ひとつずつ丁寧に見逃すことのないように見極める。

器の中でほんのりと湯気の立つ真っ白な豆腐に酒が進む。

その後に手渡される自家製らしい蒟蒻の乗った皿。

きれいに切り分けられた蒟蒻にひと筋のもろみ醤油。

その香りと味わいの初体験に酒がさらに進む。

いつの間にかとなりに座る義理の兄。

語らいながら酌み交わす酒で夜が更ける。


場面が変わる。

切れるような夜明けの空気の中にいる。

キラキラ光る夜露に濡れた車に乗り込む。

誰もいない静かで冷えきった車内に光が射し込む。

大きな山を背に朝日の中を独りどこかに向かう。


昨夜、こんな夢をみた。

明日は上京35年。

あと15年で在京50年。

あと少し、あと少しで半世紀の東京暮らし。

そのうち10年、鎌倉暮らし。

半世紀ぶりに帰る場所。

それがどこかはわからないけど、還る土地。

もう少し、もう少し、あと15年。


さてさて…。

そろそろ…。

あと15回の東京の雨の季節。


令和五年 重松清の小説を読み返した早朝に

栗岩稔