2023/04/18 10:00
春の酒場にて その二
窓越しに広がる東京の夜景。
眼下で一直線に行き交う列車。
包み込むような心地好い音楽。
半円形に広がるカウンター。
忙しくてもスムーズに、かつ無駄な動きのないマスター。
同年代で30年以上のお世話になっている彼は、
これまでお付き合いした女性たちをほぼ知っている。
東京タワーが美しく見えた頃は必ず座る窓際の二人席。
始めはそこに座り、会話と酒と音楽の時間を楽しんだ。
数回共にした女性とはカウンター席に座り、
言葉少なく楽しんだ酒と音とその時間。
まるで儀式のように段階を踏んでカウンター席にたどり着く。
カウンター席の座る位置。
マスター側はより古いお客様の席、自分は反対側。
一人の時はいつも、カウンターの端っこ。
こうして今、一人でここに座るのは一年以上前のこと。
忙しいふりをして、この時間を楽しむ余裕を持たず、
すっかりご無沙汰していた。
そんなことを考えながら、変わらず美味しい、
ビールのグラスに残る泡のリングを眺める。
久しぶりに来てみるとやはり良い。
包まれるような音、それぞれに楽しむ人の賑わい、
すべてが一体になったグルーヴ感。
たまらなく心地好い。
いつも心の中にあったこの時間、
待っていたけれど来ることはなかった。
深夜近くにようやく一杯目の今日、
もう一杯はバーボンソーダで締める。
甘味と細かな泡が喉を通して染み渡る心地好い時間。
改めて、30年間のありがとうを感じながら。
カウンターの向こう側、25年以上の顔馴染みの女性、
席を開けて若者だった頃から馴染みの、白髪交じりの男性。
ここには、白髪交じりの長髪と白髪の髭の自分。
変わることなくそこにある酒場の風景。
退化することなく、時代にあわせて少しずつ、
進化してきた変わることのない酒場の時間。
やはり、この時間が好きだと…。
半分ほどになったバーボンソーダ。
並びに出されたダークラムのオンザロック。
馴染みの女性からのプレゼント。
予定以上の酒と言葉なくとも届いたその気持ち。
久しぶりの酔いを感じながら一日を終える。
見えなくなった東京タワーのぼんやりと滲む灯り、
眼下に行き交う数少なくなった列車をもう一度確かめる。
エレベーターに乗り込むその時に、
「また、ね」
の言葉に背中を押され街に降りた。
雨も上がったし、歩いて帰ろ。
東京の繁華街で数少ない、深夜は眠る街を。
さあ、また明日。
あ、足がつってる…。
でも、歩こ。
栗岩稔