2023/04/11 10:00

今、久しぶりに銀座の酒場で酒を飲んでいる。

銀座の人々に囲まれながら、ふと思い出す。

 

先日、四年ぶりに故郷の山を見た。

山脈というほどの高さはないものの連なる山々。

見渡す限りの山、山、山。

この季節ならではの霞む遠景を思い出した。

 

突き抜けるような青空ではない春の故郷。

当時は何も感じられず、何とも思わず、

早く抜け出したいと思って眺めていた山々。

とても美しく感じた。

 

小さな町を見下ろす山の中腹に佇む山桜と野焼きの匂い。

町に下りれば至るところで満開の桜と春の小川の輝き。

何だか、すべてが美しく感じられた。

 

四年ぶりの美味しい沢庵と白いご飯に、

四年ぶりの年老いた両親の元気な姿に、

四年ぶりのおしゃべりの心地好い疲れに、

好天に恵まれた善き一日だった。

 

東京にいると気にすることもなく行き交う車の音、

緊急さが麻痺するほど日常的に走り回る緊急車両、

至るところで漏れ出す生活音、そんな東京の街の音。

風の音が聞こえるほどに静かな静かな故郷の町で、

改めて気づいた東京の街の音。

 

久しぶりに時間がゆっくり流れた日曜の午後に、

苦手だった春が少しだけ好きになり、

恥ずかしかった桜満開の美しさを感じ、

何もないと諦めていた故郷の町を見直した。

 

歳を重ねた喜びに満たされながらも、

少し寂れた故郷の町に後ろ髪を引かれながら、

人の歩みの五十倍で運ぶ新幹線の改札に向かう。

 

そこに義兄がいた。

少しだけ老けたその姿に寂しさを感じながらも、

変わらない穏やかな人柄に安心して嬉しく思い

「今度飲みに行こうよ」

その言葉に深く感謝しながら、改札を抜けた。

次はいつ?を楽しみに帰路に付いた。

 

あっという間に見えてきた大都会の暗くない夜空に、

これはこれで帰ってきた感があるなと

久しぶりの休日を穏やかに終えた。

 

そして今、山脈のような高層ビルの谷間の路地裏、

銀座のど真ん中の酒場で酒を飲んでいる。

銀座の人々のざわめきに包まれながら、

故郷を思い出しながら、今を楽しんでいる。

 

あ、兄貴をここに連れて来ても良いかな

 

さてさて、明日も明後日もその次も、

これからも、ずっと、しばらくは、

東京、東京、東京。

 

令和五年 春 酒場にて

栗岩稔