2023/03/07 10:00
東京が嫌いだった。
多すぎる人、忙しない街、耳障りな雑踏。
暗くならない夜空、見つけられない月。
香ることのない街路樹、人工的な緑地。
四方八方から吹く風、コンクリートの熱。
30年前には役割を終えたら帰るつもりだった。
というよりも、逃げ出したかった。
全く馴染めない日々を忙しいふりをして、
酒でごまかし、遊んでごまかしていた。
朝から晩まで休むことなく働いて、
仕事を終えたら酒を飲み、
真夜中のギラギラした街を彷徨っていた。
数少ない貴重な休日には予定もなく、
近くの公園で本を読み、ひたすら歩き回り、
昼食代わりに焼き鳥屋で酒を飲み、
午後に酔いざましのあてもない散歩をして、
夜にはジャズクラブにたどり着き、
酒を飲んだ。
そんな始まりの私の東京。
重苦しい居心地の悪さを感じながら、
東京に飲み込まれないように生きていた。
東京が嫌いだった。
海辺の町に暮らし、
そこに生きる人に触れて、
町の歴史や自然を体感しながら生きた10年後、
東京に戻った。
好きな歴史や時代小説で東京の街を学んだ。
現代社会の礎や街の始まりが至るところに見えた。
水路、公園、街路樹、柳の木。
破壊されたあとに出来た町の名前にも名残があった。
交番の名前に名前が残る築地の旧小田原町。
尾張藩の江戸屋敷ぐあった銀座5丁目の旧尾張町。
江戸築城に尽力した大工職人が暮らした旧木挽町。
区画整理される前の京橋区の名前が付いた郵便局。
その時代の人々の美しい仕事にも気付いた。
まだ機械などない時代に人の手で築かれた石垣。
時代に応じて渡された橋とその物語。
人間が組み上げた鉄骨の美しい曲線、
手作業で打ち込まれた美しいリベット。
色々な場所で人の営みの歴史を感じた。
東京が少しだけ好きになった。
30年前に故郷から出てきた東京。
20年前に海辺の町からきた銀座。
10年前に銀座の端っこで自身の酒場を持ち、
2年前には銀座の真ん中、象徴的な地で、
日本を代表する企業の創業者の名を冠した酒場を任された。
今では、様々な東京の街角で酒場を預り、
それぞれの東京の街角に生きている。
そして、この春から銀座に帰る。
帰ると言えるほど古くからいるとは思わないものの、
銀座に帰る。
しのぎを削る銀座の酒場を預かる。
とても強く責任感を持ちながら、
帰ることが出来た喜びを感じながら、
人とのつながりに感謝しながら、
銀座で酒場を預かる。
もちろん、他の酒場も続く。
靖国神社を背に皇居を見下ろす坂の上の街で、
東京の商いの基礎を形成してきた街で、
東京を作り上げるうえで欠かせない川の畔の街で。
それぞれの街角のそれぞれの酒場で、
真正面から人に向き合い、良い時間を作りたい。
自分の役割と使命を感じられるようになった今、
東京がまた一段と好きになった。
この東京の街で自身最期の酒場を持つ日まで、
東京に生きる。
令和五年 桜前線迫り来る東京に。
栗岩稔
追伸、あの頃よく聴いてたなぁ、この曲…。
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