2022/11/22 10:00

「歳を重ねるって面白いです」

今では、はっきりそう言える。

 

かれこれ35年前、

当時は先のことなど皆目見当もつかず、

行くあてもなく、目指すところもなく、

だだ漠然と彷徨っていた。

身も心も。

 

まずは、働いてみる。

紹介してもらったから、という理由だけで働いた。

無断欠勤した。

なんだかとてもイヤになり長続きしなかった。

 

二つ目、午前零時から午前6時までの弁当工場。

ベルトコンベアを流れる容器に、

食べ物に感じられない食材を詰める仕事。

頭の先から足先まで白い服、

目と腕だけが動くロボットのような人々。

定刻の鐘で始まる休憩時間に出てくる午前3時のおやつ。

食材の余り物に食欲は消え失せて、

甘ったるい缶コーヒーとタバコでごまかす空腹感。

 

その時に初めて見えるロボットではない人間の姿。

子供を寝かしつけてから出勤する母子家庭の母親。

不眠症だからねと言いながら働いているおじさん。

家計の足しに働く深夜だけ異様に元気なおばさん。

自分の店が厳しいからと働く手のきれいな美容師。

様々な人生があった。

いろいろな話しを聞かせてもらった。

もちろん全てが年長者。

大人になること、働くこと、生きることを学んだ。

 

三つ目、午前9時から午後5時のコーヒー専門店。

大好きだったコーヒーのホンモノを学んだ。

もちろん、技術も店の運営も接客も、遊びも。

店のマスターと常連さんたち。

時間潰しの会社員、地元の大学生、花屋の店員、看護師さんたち、

様々な人にかわいがってもらった。

いろいろなことまで、たくさん、たくさん。

 

酒場にも連れていってくれた。

(時効!?だから白状します。未成年です、はい)

大の巨人ファンの大将がいる旨い焼き鳥屋。

その勝敗で本数増減、値段は同じ。

とても旨いウーロンハイと野沢菜漬け。

 

同じ雑居ビルのスナックにも連れていってくれた。

同い年の息子がいるママにかわいがられた、初めての体験。

いつも愚痴をこぼすおじさん、おばさん。

恒例の俺の若いころ談に興じるおじさん。

何も言わずに小瓶のビールとポテトサラダ、

タバコを一本のおじさん。

酒が入るたびにサメザメと涙するお姉さん。

到底カタギとは思えない親分肌のお兄さん。

 

「常連さん」になれるほど通ったあの頃。

焼き鳥屋とスナック、たった10歩のその場しのぎの夜。

酒場が逃げ場だった。

どこか心の中で唾を吐きながら、どこかで興味をひかれていた。

 

ポツポツと止まり木のように集まりどこかに帰っていく。

それぞれの生活、それぞれの生きざま、時間の交差点。

当時のおじさん、おばさん、お兄さん、お姉さん。

歳を重ねてみると、たくさんの人々に学んだことに気付く。

同じようなことをしてきたかもしれないし、

そうでないかもしれない。

今では、あの頃の人たちの気持ちがわかるし、

その状況が透けて見える。

それぞれに共感出来るし、受け入れることも出来る。

 

つい最近、あの頃に引き戻されることがあった。

 

高橋真梨子「for you…」を唄っていたあの美しい年上の女性。

テレサ・テン「つぐない」が上手だったビアノ教室の美しい先生。

江利チエミ「酒場にて」を涙ながらに唄ったバツイチの美しい女性。

 

若い頃に目の前で、身体全部で感じた大人の世界。

見すぎたかも、と思いながらも、

原点はスナックにあり、だったり……

 

歳を重ねるって、面白いですよ、ホントに。

いろいろなコトまで……

 

令和四年 焼酎お湯割り梅干し一個、の頃に

栗岩稔