2022/08/30 10:00

「おっ、栗ちゃんじゃないか!ここにいたのか」

若い頃に大変お世話になった会社の元社長。

 

「え、10月生まれですか!まさか、ですけど

同じ誕生日で同い年のとても美しい女性。

 

「久しぶりね、何年ぶりかしら、ね」

俗に言う元カノ同士のカウンターでの遭遇。

 

30年ぶりの小学校の同級生、

25年ぶりの元の職場の同僚、

20年ぶりの海辺の町の惣菜屋、

15年ぶりのサーファー、

10年ぶりのマティーニ。

 

すべてが酒場で起きた出会いの場面。

偶然などというものはひとつもなく、

必然なことのように起こるその出会い。

 

8月のある日、またひとつ出会いがあった。

この夏から預かっている日本橋の酒場。

看板はなく、奥まったビルの奥にあり、営業日も限定、

もちろん表だった宣伝はなし。

旧知のお客様と紹介された人のみと言ってもいいその来客。

 

知る人ぞ知る酒場のその夜、

全く記憶にない男性が現れた。

年を重ねて記憶が曖昧になってきたことと、

その容量から溢れてしまって忘れることもある。

失礼のないように紹介されたか否か恐る恐る訊ねた。

「あ、私、栗岩、です」

「えっ、栗岩、さん、ですか」

 

少し前に気になって名字検索した数では、

日本国内に650人あまりしかいない「栗岩さん」。

 

今、大きな町の片隅の小さな酒場のこの夜に、

650人あまりのうちの2人がここにいる。

50年以上の人生のうち、社会に出て30数年、

接客という機会はおよそ10万回、それでもなかった。

親族以外の「栗岩さん」とのはじめての出会い。

 

聞けば同年代のその「栗岩さん」、

親族以外に会ってみたいと、

思い立って調べてみたところ、

この「栗岩」に出会い、いる場所まで訪ねてきてくれた。

 

ただただうれしく、感動すらしたその夜、

仕事に感謝し、この便利な世の中に少しだけ感謝した。

 

翌朝、久しぶりに故郷の父親に電話した。

 

令和四年 苦い記憶が多かった8月のやさしい夜