2022/08/09 10:00
八月になると必ず観たくなる映画がある。
1953年公開の小津安二郎監督作品「東京物語」。
人物と物が均衡を保つローアングルで撮影された
美しい写真のような映画。
2012年には世界の映画監督が選ぶ
名作映画のベストワンになり、
ニューヨーク近代美術館にフィルムが収蔵されるなど、
世界に絶賛され輝かしい功績の数々、
などの蘊蓄はさておき。
物語は、戦後間もない東京を舞台に
淡々と進行していく。
二十年ぶりに尾道から上京してくる両親、
復興と経済成長の走りに、
慌ただしい東京で長らく暮らす子供たち。
実の子である長男、長女よりも
戦争で死んだ次男の嫁が献身的に、
時間とお金を割いてまで義理の両親の面倒を見る。
親と子の世界観のズレ、
会話のスピードすら変化している時間軸のズレ、
地方と都市の環境の違い。
深いメッセージが込められた映画だと思う。
また、旧友と再会して酒を酌み交わす男たちと、
自宅で語らう女たち。
ご馳走として振る舞うカツ丼、
調味料を隣に借りに急ぐその様子。
観光地として隆盛を極め、
新婚旅行の人気スポットとしての熱海の温泉宿
そこで繰り広げられる宴会風景、
深夜の麻雀、仲居さんの愚痴。
昭和の景色がそこかしこに見られ、
その服も国民服の名残を感じる。
帰宅後すぐに脱ぐスーツ、
着物に着替えて卓袱台で一杯、など。
とにかく時代を学ぶことが出来る、
東京に暮らす誰もが観て欲しい一本。
ただ、いつ観ても、自身のことと重ね合わせて切なくなる。
ほんの数回しかなかった両親の上京の時の苦い記憶。
待ち合わせの時間、歩く速さ、
結論を急ぐ会話、食べること、
意味もなく、憎い訳もなく、
ただイライラしていたし、疲れた。
今となっては、もう二度と上京することはない両親に対して、
今更ながら、謝りたいことばかり。
この三年あまり、帰省することすらタブーとされた世の中で、
やはり、山盛りそばを食べたいし、温泉に入りたいし、
おやきと番茶でゆっくりと話したい。
地方に暮らす高齢の両親と
都会に暮らす子供の物語「東京物語」。
何とも、心を打つどころか、叩きつける映画だと思う。
自身の「東京物語」は三十年が過ぎた。
まだまだ続くであろう物語、楽しみでもあり、切なさもあり。
残りの八月の数を数えてみる夏の終わり。
令和四年 久しぶりに高い山を見たい八月に
栗岩稔