2022/05/31 10:00
久しぶりに渋谷の街を歩いた
無いだろうな、と思いながらも捜してみた
やっぱり無かった
捜していた全てが高い高いビルになっていた
そうだろうな、と思える今の渋谷だった
33年前の6月1日に上京した
5月31日最後の勤務は朝のうちに挨拶を済ませて、いつものように過ごした
閉店後に毎月の決まりごとにしていた棚卸を済ませて店を出た
帰宅したのは午後10時
まとめておいた荷物を持って家を出たのは午前2時
午前2時59分発の夜行列車を誰もいないホームで待っていた
まとまらず散らかった気持ちを押し殺して鞄ひとつで待っていた
大きな夢とか希望とか、もちろん野望なんかは毛頭なくて
行かなければいけない街に向かう、ぼんやりとした淋しさだった
真っ暗闇にヘッドライトが煌々と夜行列車がやって来た
当たり前のように扉が開き、当たり前のように乗り込んだ
車内はドラマのような人間模様が広がって散らかっていた
荷物も頭数に入れて座席を占領するおじさん、寝台列車と勘違いしているおじさん
深夜とは思えないほどのおしゃべりをする若者、ひとり車窓を眺めるおばさん
座れそうな席を捜すことを諦めてデッキに立ったままの痩せ我慢
後ろめたいことがあるわけもないのに車掌の声かけに怯えて切符をだした
「いやいや、そうではなくて…、一緒に行きましょう、疲れちゃいますよ」
車掌に連れられて確保してもらった席が嬉しかった
リクライニングなんてしない直角の座席が心地好い居場所になった
午前6時53分に上野駅に着いた
寝不足で眼が眩みながら車掌を捜していた矢先「頑張って」と声をかけられた
朝の人波のなかを彷徨いながら案内板に導かれて、緑の電車に乗って半周した
誰もいない駅のホームを出て5時間後に渋谷駅にたどり着いた
たくさんの人に目眩を覚えながらスクランブル交差点を渡ることが出来た
前日よりも10倍の速さでうごめく街で何が何だかわからないまま一日が過ぎた
歓迎されているかもわからないままの歓迎会で飲んで、酔って、ごまかした
長い長い一日を共にした鞄を手にタクシーを待つことになった
扉も開けずに拒否され続けて5台目の車が無愛想に扉を開けた
はじめての街からはじめての町に帰る無言の車中
はじめて寝る場所の住所を書いた紙を握りしめ
右も左もわからない深夜の街明かりが目に染みた
それらしき通りに止めた運転手
「その紙、見せてみ、この辺だろ」と車を降りた
ふらつきながら鞄を抱えて歩いた先で
「あ、ここだな、がんばれよ」と
24時間が過ぎて長い長い一日をようやく終えた
電車通勤、定期券、人、人、人、はじめて尽くしの日々がはじまった
慣れた気になったある夜、珍しくひとり彷徨い歩き奥まった路地にたどり着いた
ぼんやりと点る提灯に導かれ信州郷土料理の古い看板に吸い込まれた
その夜からカウンターの端っこの席が居場所になった
つまみは、お母さん手作りの野沢菜と無口なお父さんが作る
少し甘めの厚焼き玉子と辛めの大根おろし
〆にはもり蕎麦大盛、昭和の演歌
なかでも「上野発の夜行列車降りたときから」ではじまる
「津軽海峡冬景色」は頭の中で冒頭の歌詞を替えて聴いていた
「上田発の夜行列車降りたときから」と
新幹線のようにあっという間に過ぎ去っていった日々
役目を終えたらすぐに帰るつもりだった街に今もいる
10倍速に変わっていった5月31日深夜から6月1日深夜までの24時間
夏が迫り来るこの季節にはいつも思い出す
懐かしく、ほろ苦く、苦しく、楽しくなっていったあの頃、あの曲
勝手に替えた歌詞もいまだに覚えている
上田発の夜行列車降りたときから
渋谷の街は人の中
家に帰る人の群れは誰も無口で耳鳴りだけが響いてる
私はひとり井の頭線に乗り
壊れそうな街を見つめ嘆いてました
あぁ、渋谷、下北、吉祥寺
令和四年 季節外れの「冬景色」を想う5月31日に
栗岩稔