2022/03/26 10:00
縁は異なもの。
永野さんとはほぼ、同世代。
別の場所で生まれ、育ち、人としての研鑽を積み、酒場の縁で知り合った。
Bar sowhatでは酒番とお客様という関係から
Bar Moritaでは永野さんから酒番を任せてもらう関係に。
今、あらためて酒場が紡いだ縁の話、
お互いに五十を過ぎたからこそ伝えたい話を。
人、時間、空間、状況……
「読む力」がプロフェッショナルということ。
K:作るものはいつだって本気です。美味しくて当たり前。
N:Bar Moritaを栗岩さんにお願いするといっても、こちらからこういうものがやりたい、こういうものが作りたいとマニュアルを渡すのは違うなと。店をオープンしたその日から栗岩さんの店になるので、接客を含めて全部栗岩さんにお任せしました。今思うと、昼の12時から夜の7時くらいまで栗岩さん1人でやっていて休憩も行けないなんて、ありえない話です。それができることは、やっぱりプロだなと思いました。
K:はじめの2週間は緊急事態宣言になっていなかったので、とても忙しく、少し後悔しました(笑)。bar sowhatの店は狭く、店内で営業している時に万歩計で測ったことがありますが、なんと300歩でした。これは足が鈍るわけだと思っていましたが、Bar Moritaで1番忙しいピーク時に測ると3000歩でした。10倍です。
N:すごいなと思ったのは、マスクをしているので嗅覚が鈍くなっている代わりに、マドラーを回すタイミングの触覚が発達していたことです。ある時に栗岩さんが「これはすごく美味しくできたと思う」と言ってマティーニを出してくれたのですが、本当に美味しかったです。「なんで美味しくできたと思ったのですか」と聞いたら、「マドラーを回しているときに分かった」と。コロナでマスクをし、五感が一つなくなったことで、別の特技がうまれるとは。
K:進化したと思います。今だともっと美味しい酒が作れると思います。目も研ぎ澄まされた気がします。お酒に別の飲料を入れた時の、微妙な色の変化にも気づくようになりましたから。視覚が発達しました。
N:そういうところもすごいなと思います。空間に応じてお酒の作り方を変えているわけで。僕が栗岩さんにお願いした時は、そこまでは想像していませんでした。まさに期待に応えながらも想像を超えてくれましたよね。
K:実は聴覚もです。この仕事はステンレスや金属系が多いので、Bar Moritaのような広い場所だとどうしても音が跳ねてしまいます。その音が気になったので、より静かな所作で仕事ができるようになりました。永野さんから頼まれ、ソニーの皆様に受け入れてもらう私の中の責任です。そこも信頼してもらっているので裏切れないという気持ちや、声をかけてくれた永野さんに対する想いです。
酒場は自分と向き合う場所。
N:栗岩さんとの出会いが、鎌倉の小料理屋とワインバーでの会話が時間を経て線でつながったことから始まったように、酒場は本当に面白いです。レストランとは違って、自分と向き合いながら時間を過ごすことが多く、同じ時間、空間を共有していてもそれぞれが自分のことを話すわけではありません。連絡先を交換するわけでもないけれど、また出会うと話ができる。酒場とは不思議な場所だなと思います。
K:これはTHA BANKの頃、言われた話ですが、「酒場は肩書や看板をなくして、対等でいるべき」だと。結果、類は友を呼ぶというように、気の合う人たちが集まってくる。そして、店主の方は、逆に会わせない方がいいという人同士もわかるんです。そしてそれをコントロールするのが店主の役目。また、そこに集う人たちも同じことを感じるべきだと思っています。店は一緒に作っていくものですから。
N:そうですね。良い酒場は極めて素になれるような気がします。僕が自分の体調や心のバランスを確認するためにジンリッキーを飲むように、自分自身と向き合う。そんな人が集っていると思います。
ネクストアクションが見えるということ。
それが「出会った」ということ。
N:人生も仕事も結局は誰と出会って何をするかだと思います。出会うことはいくらでもあるわけです。そこで何をするかということがネクストアクションです。出会いがきっかけで背中を後押しされたり、想像しなかった新しい展開が生まれたり。その人と一緒にすぐに仕事をすることになることもあれば、すぐでなくても何十年後かにまた繋がることがあるわけです。それはきっと縁にあたるものです。一緒に仕事をして、それが必然に変わるのは、タイミングもありますよね。自分自身のこれまでを振り返っても誰と出会って何をするかということが、人生にとってすごく重要だと思っています。あの人との出会いあったから今がある、ということが多いです。つまり1人では仕事はできないということ。栗岩さんも1人でやっているように見えますが、お客様がいないと仕事にならないわけで。結局は人ですよね。縁を大事にしながら、その人と何をするのか、その人から何を学ぶかということが大事だと思います。そのためには相手にも自分を認めてもらわないといけないわけなので、それなりの準備は必要です。今はできないけれど将来的にはできるということがあるのも、そういうことだと思います。一緒に成長しているからこそ、何をするかということが、出会ってすぐのこともあるし、10年後のこともある。10年間どういう生き方をしてきたかということでもありますね。
K:一生懸命という言葉はあまり好きではありませんが、ちゃんと自分が生きていると巡り合うことができると思っています。
N:出会うべき人と出会いますね。人の縁はもちろんですが、昔は自分と意見が違う人に対して自分が正当だという議論を積極的にしていました(苦笑)。けれど五十代になってそれは極力やめました。なぜならばたくさんのカロリーを使うのに、結果何も変わらないのであれば、自分と同じ意見や想いの人と一緒に面白いことをやった方が自分のためでも世のためでもあるとわかったからです。一方で、仕事上で意見を戦わせて、嫌われてもいいやと思うかどうか、僕の判断基準はバーで一緒に飲みたいかどうかです(笑)。そういう意味でも、バーという酒場は不思議な場所ですね。
解像度を上げることが
豊かさに繋がる。
N:以前に読んだライフネット生命の会長だった出口さんの著書の中に50歳は人生の真ん中と言える年齢だと書かれていました。例えば人生80年で見た時に、成人するまでの20年間は親がかりなので除外すると、成人して自分の力で生きる期間は20歳から80歳までの60年間ということになります。その半分は30年、ちょうど50歳で真ん中ということです。人生の半分を過ごしてきたので自分は何が得意で、何が苦手かもわかっている。50歳は自分のことが良く見える年齢だと言われていました。確かにそうかもしれないと思いました。これまでの人生で、自分自身成功も失敗もしている。確かに若い頃よりも、50歳になるといろんなことを冷静に見ることができます。
K:私は50歳になることを楽しみにしていました。五十になると未来に対して計算することができます。若い頃は先行きの分からないまま、もがいていましたから。この先は楽しみしかありません。
N:先ほどの人生80年の考え方だと、桜を見ることもあと30回だと思うと、すごく愛おしくなります(笑)。1日1日、目の前にあることを大切にしなければという気持ちになります。大量の情報やモノに振り回されながら生活するのではなく、目の前のことを大切にしていくことが未来に繋がっている実感としてあります。お酒にしても、仕事終わりのお酒を美味しく飲みたいので身体の感覚を整える意味で、その日はランチを取らないとか(笑)。結局目の前にあることを大事にし、解像度を上げることが丁寧に楽しく生活することに繋がるんじゃないかなと。
K:解像度を上げる、その言葉、私も好きです。
N:例えば車を運転していてフロントガラスが曇っていると先が見通せないので、リスクが高くてスピードを出すことができません。もしはっきりと視界が良好だとすると、安全にスピードを上げて運転することができます。これは解像度の問題です。また、スポーツの世界で言えば、北京五輪でスノーボードの平野歩夢選手が最高難度のトリックとされる「トリプルコーク1440」を成功させましたが、成功の要因は練習している時から感覚ではなく、なぜ出来たのか、出来なかったのかの原因を、解像度を上げて論理的に理解したこと。それで再現性が高くなり、結果として本番でも成功できたのだと思います。今起こっていることをきちんと認識することができる。解像度を上げること、それはつまり本質をみることにつながるのだと思います。
K:その境地にたどり着くには過程が大事です。そして、それは目の前にあるものです。
N:五十代になり、解像度を上げることに意識が向いたのは「足るを知る」という意味を改めて理解できるようになったからかもしれません。人は多くのことをインプットしてもそれを処理できる量は限られていますので自分の処理能力に合わせたインプットの量に留めておくほうが、結果満足度が高くなるのかなと。でもそう思えるようになったのは、これまで無駄も含めて色々な経験をしてきたからなんですよね(笑)。
K:無駄遣いではなく、投資をしていることですから。自分に対する投資は酒を含めてしたほうが良いと思っています。
N:自分に対する投資は大切ですよね。その時はそのことが浪費か投資か、将来何に繋がっているか意識していなくても、自分自身で未来の種を蒔いていたんですよね。未来はどうしたって空想でしかない。現実の中の隙間やちょっとしたことの中に、未来へ繋がる種は存在する。そこに気づけるようになるには、やはり今の解像度を上げることなんですよね。そして、解像度が合う人と出会った時に、何をするか。その先にこそ、いい未来があると思っています。
K:そして解像度を上げるための、基準値の大切さですね。
N:そうですね。今の自分の立ち位置や実力がどの程度なのか基準値が分からないと、単に不相応になってしまいますから。
K:若い頃から基準値を上げる努力はしていましたね。購入する服や靴、飲む酒、食べる食事。身の丈、ちょっと上を常に試していました。
N:僕が最初、bar sowhatを敷居が高いと感じて行けなかった理由は、きっと身の丈に合っていないと自分の中で勝手に判断していたからだと思います。歳を重ねるほど、自分が評価されることに怖さを感じてしまいますから。でもその、ちょっと上を試しながら、基準値を上げていくことの大切さは今だからこそ、わかりますね。
K:良い話だなあ。これ以上何も言わないほうが良いですね。
N:まだ3分の1も話していませんよ(笑)。
photo : Shinobu Shimomura text & edit : Masaki Takeda