2022/03/08 10:00
地階から昇りきらない階段で目覚めた
待ち人来たらずの22才の酷い頭痛と嫌な匂いの朝だった
酒に逃げて、逃げ切れず、酒にやられて、足元を掬われた
話した内容はもちろん店名すら覚えていないが
空になったジャックダニエルの景色だけ覚えている
ボトル自体が格好良かった
他によく知らないし、有名だから、言ってみたかった
ジャックダニエルを注文する自分が格好良いと思った
今では赤面することばかりだが
酒に限らず色々なことが若気の至りだった
その後、先輩に連れて行ってもらったBAR
酒だけではなくそこにいる大人たちの時間に酔いしれた
酒を学び、飲み方を学び、音楽の良さを知った20代
長いカウンターの端から眺める大人の時間に酔いしれた
自分にとっての「東京」だったし、居場所だった
酒よりも酒場というものに憧れ
バーテンダーという仕事に高い価値を感じた
30才を迎えるころ初めてボトルを入れた
手持ちの金が足りずに好きな酒場に通えないくらいなら
その酒場に通う価値無しの男だと思っていたし、そうした
もちろん酒代を捻出するために食事代を削ることもあったが…
そんな20代の終わりに一歩だけ大人のフィールドに入る
その祝いにボトルを入れた
大好きなロンドンドライジンのタンカレーだった
その夜からカウンターの端から少しだけ中心の席
マスターに近い場所に案内されるようになった
また更に学ぶことが増えて背筋が伸びたし嬉しかった
ことのほかジンが好きになった
海辺の町の酒場を任されることになった頃
アメリカの東海岸の酒文化しか知らない自分に不安を覚えた
開店準備の最中に無理を言って初めてヨーロッパを訪れた
ロンドン、パリ、ローマ10日間ほぼ自由行動というパックだった
訪れた全ての街で俗に言うカルチャーショックを受けた
まだまだ知らないことが山ほどあることを学び体験した
ある日の夕方ひとりでロンドン市内の散歩に出掛けた
街角で小さな酒場の重い扉を恐る恐る開けた
「ロンドンといえば」と、ジントニックを頼んだが通じなかった
ジントニックしか言えなかったから慌てた
年配のバーマンが歩み寄り理解を示してくれた
そのおかげでようやく飲めた
日本のジントニックしか知らない口には驚くほど旨かった
ジンアンドトニックウィズトニックと注文することを学び
その旨さと奥深さを学んだ
海辺の町の酒場で自身のジントニックの味を探求した
ジンアンドソーダウィズライム、ジンリッキーも探求した
マティーニはもちろん全ての酒が美味しくないと
受け入れてもらえない環境に感謝し日々鍛練した
酒というもの全てに真剣に向き合っていた
アイリッシュ、スコッチ、アメリカン、カナディアンのウイスキー
世界各地のテキーラ、ラム、ウォッカ、ブランデー
もちろんジンもリキュールも
酒に関係する風土、文化、物語を学び、作り手を想った
ようやく酒の番頭、酒番になれた気がした
作り手の手仕事と想いの詰まった酒を飲み手に
一番美味しく飲んでもらうための役割、それが酒番だと気づいた
カクテルを作る技術は極めて当たり前ではあるものの
それを他者と競い勝ち負けをつけることよりも
目の前にいる飲み手のための酒をきちんと作り
黒衣に徹することのほうが大切なことだと思った
知識として当たり前に持っていることを
不要な飲み手には語らずに、必要な飲み手には必要な分だけ
余計な蘊蓄など語らずに…
それはさておき、ふと思い出す
アルパチーノが初めてアカデミー賞において
最優秀主演賞を獲得した映画「セントオブウーマン」
盲目の退役軍人を演じる彼が人との関わりを避けて
自分からも逃げて、酒に逃げる
酒に溺れる彼を救ったのは若い力とその正義感、
そして本人の心持ちと年齢を越えた友情
今また観なおしてみたら感じ方は違うかもしれないが
様々要素が取り込まれた良い映画だった
映画の冒頭、彼の手元に常にあり愛飲していた酒を
ジョンと呼び、友と呼ぶジャックダニエルズ
今改めて飲むと旨いと思う、格好良いだけではなく
すべての酒に対して自然体で向き合えるようになった
春を迎える木々の香り高いこの季節
やっぱり今宵はジンリッキー
令和四年 杜松の花が咲く頃に
栗岩稔