2022/02/07 13:50
2021年、2月に閉じた、銀座・木挽町の店、bar”sowhat”。
森岡書店代表の森岡督行さんもよく通ってくださっていました。
同じく本好き、歴史好き、町歩き好き……
銀座という街のこと、そこに流れる時間のこと。
あのころ、カウンターで話したように。
※語り合った場所は、2021年6月末〜9月末まで酒番を任せていただいた、Ginza Sony Park内「Bar Morita」
(Ginza Sony Park一時閉園に伴い、Bar Moritaは9月末でクローズ)
銀座は繊細な手仕事の街
栗岩(以下、K):森岡さん、今日はありがとうございます。こうしてゆっくり話をするのはsowhatを閉じてからですから、ずいぶん久しぶりですね。
森岡さん(以下、M):そうですね。sowhatには仕事の終わりによく行かせてもらいました。そして、さまざまな話をさせていただきました。
K:氷屋の話もしましたよね。氷には目があるとかね。
M:驚いたのが氷に季節があらわれるということ。
K:割れ方にあらわれるんです。氷は外気に影響受けた割れ方をする。夏は大きく、冬はそんなに大きくない。
M:氷屋さんは銀座にあるのですか?
K:銀座に4軒あります。新橋や銀座は飲食店も多いので。地方や郊外には氷屋さんがないので、宅急便で配達もあるみたいですよ。今の方たちという言い方はよくないけれど、貫目氷というサイズすら知らない人たちが多くて。
M:貫目?私も知りませんでした。
K:冷蔵庫の氷室(ひむろ)にある氷のサイズは、貫目氷の大きさですよ。「てんぷら近藤」や「山の上のホテル」にも氷室が置いてありますよ。いい寿司屋や天ぷら屋は電気でなく氷室を使用していて、氷のサイズも貫目サイズ。1貫3.75kg。
M:知らなかった。そういう単位ってなかなか気にしないですよね。sowhatといえば、私にとっては本棚で。古い写真集をよく見ていました。
K:いつもそれが趣味と言っていましたよね。
M:同じ写真集を最後にいただいて。自宅にあります。あればかりよく見ていましたね。
K:わかりやすいように置く位置を変えませんでした。
M:考えごとの合間にあの写真集を見ていると、よい考えが浮かんだりするのですよ。あと本といえば「ピカソの闘牛」。有名な本だなと思って偶然開いてみて。闘牛のことはもちろん知っていたけれど、覚悟や美学というようなスタイルがあるのだなあと。その本をめくるまで知りませんでした。
K:本棚の一番下の段は「ピカソの闘牛」が入るサイズにしていました。
M:あの空間全体に栗岩さんがあらわれていましたね。話は変わりますが、栗岩さん、銀座、長いですよね。
K:おかげさまで、銀座で仕事して17年が経ちます。2004年にビルの最上階でサローネオンダータを立ち上げたのが17年前ですからね。もう銀座は20年近いですね。
M:20年経って、銀座はいかがですか?
K:20年で変わりましたね。特に変わったのは服飾屋の目線でいうとファストファッションです。良い悪いとかでなく、カジュアルになってきましたね。森岡さんは銀座歴何年目ですか?
M:2015年からなので、7年目ですね。銀座に来て初めて銀座がいい場所ということが分かりました。それまでは買い物にはきていましたが、そんなに銀座の魅力を感じることがなく。
K:銀座に対する憧れはありましたか?
M:1993年に東京に上京してきましたが、すぐ銀座に来たかと言われるとそうではありませんでした。
K:私は渋谷のスクランブル交差点を渡ることができませんでした。田舎にはないので渡り方が分からず、どうやって渡るの? と思っていました。それが今ではこんな場所にいますが。
M:最初に銀座に来たのはいつだろう。ウロウロするのが好きだったので、銀座もウロウロした記憶はあるけれども。やっぱり93年かなぁ。まさかここで働くなんて思いもしませんでした。
K:私もそうですよ。まさかこの場所を預けてもらえるなんて。森岡さんは銀座で書店を始めた頃から銀座に対する想いがあったのですか?
M:銀座とはこういう場所だったのか…とだんだんわかってきた感じです。ものすごく繊細な手仕事や、これでもかという料理に対価を支払う街にすごいなと思いました。
K:私は銀座の住所がほしかったです。
M:その意味がわからず銀座に来ましたが、銀座に来てやっとわかりました。
K:銀座一丁目の端でしたけど、やっぱりここは銀座だなと感じていましたね。
bar sowhatに宿るもの
M:今回作られた本をめくりながらも、さまざまなことを思い出します。
K:この写真はフランス製のおそらく何かに付いていた日めくりカレンダー。でも下の部分はなく上だけ。まわりは磨けば綺麗になりますが、日付のところはヤニだらけ。何度拭いてもそこだけは綺麗にならず、もうこのままでいいかと思いずっと備えていました。
M:葉巻吸っている方もいましたよね。私はタバコを吸わないけれど、栗岩さん、「森岡がタバコを吸う時のためだ」と言って1本タバコを取っておいてくれてましたよね。そのことがとっても驚きで。坂本龍一さんと会ったあとにお店に行って、『戦場のメリークリスマス』の菊の御紋が入ったタバコのシーンの話をしました。すると、栗岩さんが、「あるよ」と言ってね。
K:その時、菊の御紋のタバコがありましたからね。
M:驚きました。
K:展示の準備が終わったあとに、よく来てくれていましたよね。
M:搬入後の月曜日で「疲れた〜」とよく行っていました。
M:お酒が出てくる器も好きでしたけど、お水が出てくる器も好きでした。綺麗ですよね。
K:アンティークのものや現代ものを揃えていました。これは戦前の輸出用の剣先グラスです。
M:光の周りがとても綺麗ですね。
K:B品だったので、輸出されずに日本に残ったのです。本来だったら捨てられるものが、手元に残った貴重なものです。
M:私はウイスキーのことを、ほとんど何も知らないけれど、ウイスキーは歴史が古いですよね。ラベルについている年代を見ると実感します。
K:一番古い蒸留酒は1696年ですからね。アイリッシュウイスキー、そこが世界最古と言われています。
M:何でしたっけ?前に飲ませていただいたことありましたよね。
K:ブッシュミルズですね。
M:このボトルはなんですか?
K:それはタンカレーです。ジンリッキーやジントニックはタンカレーを使用しています。
M:この写真集はbar sowhatの最後の10日間を撮ったということですが、10年間が詰まっていますね。
K:そういえば、今年の夏は朝顔を育てていません。
M:毎年夏には、蚊取り線香と一緒にありましたよね。雨が降ると良い音がして。栗岩さん、以前私のリクエストに応えてくれて、デスペラードの曲をかけてくれましたよね。一度だけ。
酒の泡、泡のような奇蹟
M:雨の日のbar sowhatも良かったですよね。
K:雨の音がよく聞こえるように、滴がよく見えるように庇を設計しました。そこにあるのは営業最後の日のカレンダーです。2月20日。閉めたのは2月28日で。発表したのは1週間前でしたので、きっとお客様みなさん驚いたでしょうね。そしてこれは片付け終わった後の写真です。
M:ということは2月ですか?
K:そうですね、誰も出入りしていない2月の最終日です。
M:2月の光は綺麗ですよね。
K:角度が良いですよ。
M:何月の光が好きですか?と聞かれたことはないけれど、もし聞かれたら2月だと答えるだろうな。
K:店自体は2011年、立春の2月4日に開けました。最低10年と聞かされていましたが、10年を越えた2月20日で閉めさせてもらいました。これは完全に鍵を閉めさせてもらった時の写真で、ラストカットになります。このドライフラワーは、11年目の2月4日にもらった花です。他にも素敵な花束をもらいましたが、この花1輪だけ自宅に持ち帰ってドライにしました。森岡さんから見てこの本はいかがですか?
M:私は写真には「自分は世界をこう見ました」という写真家の思いが込められていると思うのですが、一方で、自分の意図を超えているというか、撮らされてしまった感覚のある写真っていいなと思うんです。この写真集からはそれを感じます。
K:私は全部知らない写真で、いつ撮ったの?というものばかりです。
M:そういうのがサラリとして良いですよね。自然と撮れてしまったというか。
K:全く知らない間に撮ってくれていました。
M:私はこの表紙好きですが、表紙はなぜこれになったのですか?
K:私が選んだのではなく、デザイナーを信頼してお任せしました。でも、最初に送ってもらったレイアウトを見て、なるほど、と思いました。
M:以前、一回だけ、大貫妙子さんの「3びきのくま」という曲をsowhatで聞かせてもらった時がありましたよね。京橋図書館から借りてきたんだよって。この表紙を見て、そのことを思い出しました。
K:ああ、あれは名作ですね。
M:あの歌詞の中に、我々人間の存在は、海の中のあぶくの一つのようだと。そういう詩がありましたよね。
―果てない宇宙で 生まれた奇蹟は 泡のひとカケラ 深く藍い海のー
まさにこの写真だなって思ったんですよ。
K:確かにお酒を作る時、ソーダ割を自分の中でとっても大切にしています。ごまかしがきかないので、一番難しいのです。出すタイミングや、グラスの形。そのすべてがソーダー割りやハイボールに出てくるので、それを美味しいと言われることはとってもうれしいことです。こうやって表紙にしていただいたこともとてもうれしいです。だから、私からは何も指摘することはありませんという気持ちでした。森岡さんのその記憶も、うれしいなあ。
M:色々と懐かしいです。この時間、ずっと続かないもんですかね。
photo : Kazumi Kiuchi text & edit : Masaki Takeda
銀座・木挽町の路地裏「bar sowhat」。
酒、音楽、本、しつらえ・・・。
至福の時間をかたちづくってきた
酒番 栗岩稔のディテールを
終焉の日々とともに捉えた一冊。
「bar sowhat 2011-2021」
photo: Kazumi Kiuchi writing: Minoru Kuriiwa design: Akihiko Sawada
販売価格¥4,400(税込)
購入者限定 のsowhat 特別音源 付き
( 栗岩稔 監修 WAH! Radio選曲家 大塚広子)
販売は森岡書店にてスタートします。
「bar sowhat 2011-2021」出版記念展
会期: 2月22日(火)~27日(日)
時間: 13:00~19:00(最終日のみ18:30閉店)
会場: 森岡書店 東京都中央区銀座1-28-15
問い合わせ: 03-3535-5020